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2012.4.1「十字架にある自由」

聖書箇所 マタイ27:27-46
45 さて、十二時から、全地が暗くなって、三時まで続いた。
46 三時ごろ、イエスは大声で、「エリ、エリ、レマ、サバクタニ」と叫ばれた。これは、「わが神、わが神。どうしてわたしをお見捨てになったのですか」という意味である。

 もう故人となられましたが、遠藤周作という作家がおられました。彼はカトリック信者でしたが、同じ作家仲間に、あまり知られていない名前ですが椎名麟三というクリスチャン作家がいました。今から二十年以上前、ある本の中で遠藤周作が椎名麟三についてこう語っているのを読んだことがあります。「自分はカトリックで、椎名はプロテスタントだったが、さすが椎名だと思わせられたことがあった。椎名が教会でバプテスマを受けたその日、あいつが電話でこう言ってきたんだ。「これでいつでも神をのろって死ぬことができる」と。その当時は、いったい椎名の言葉のどこらへんがさすがなのか、まったくわかりませんでした。「洗礼を受けたから、これでいつでも神をのろって死ぬことができる」。これは本当にクリスチャンの言葉なのか?この言葉の意味がわからないまま、しかし心のどこかにいつもこの言葉がひっかかりながら、私は信仰生活を歩んできました。
 思い返すと、10代、20代の時の信仰というのは一途なものです。「神をのろって死ぬ」など、信仰の敗北にしか思えませんでした。しかしさすがに40歳になると、そろそろ人生はそんな杓子定規にはいかないということがわかってきます。その中で改めて椎名の言葉を味わってみたとき、うまく説明できないのですが、じつはこの言葉に共感できる何かを感じているのも事実です。「神をのろって死ねる」。そこにはタブーがないのです。続きを読む
posted by 近 at 11:34 | Comment(0) | 2012年のメッセージ