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2012.7.8「祈りによらなければ」

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聖書箇所 ヤコブの手紙5:13-20
5:13 あなたがたのうちに苦しんでいる人がいますか。その人は祈りなさい。喜んでいる人がいますか。その人は賛美しなさい。 5:14 あなたがたのうちに病気の人がいますか。その人は教会の長老たちを招き、主の御名によって、オリーブ油を塗って祈ってもらいなさい。 5:15 信仰による祈りは、病む人を回復させます。主はその人を立たせてくださいます。また、もしその人が罪を犯していたなら、その罪は赦されます。 5:16 ですから、あなたがたは、互いに罪を言い表し、互いのために祈りなさい。いやされるためです。義人の祈りは働くと、大きな力があります。 5:17 エリヤは、私たちと同じような人でしたが、雨が降らないように熱心に祈ると、三年六か月の間、地に雨が降りませんでした。 5:18 そして、再び祈ると、天は雨を降らせ、地はその実を実らせました。
 5:19 私の兄弟たち。あなたがたのうちに、真理から迷い出た者がいて、だれかがその人を連れ戻すようなことがあれば、 5:20 罪人を迷いの道から引き戻す者は、罪人のたましいを死から救い出し、また、多くの罪をおおうのだということを、あなたがたは知っていなさい。
 
 『ヤコブの手紙』のこの箇所ほど、「祈り」の大切さを強調しているところは、聖書にありません。新約聖書の他の手紙は、最後に祝福やあいさつで終わっているものがほとんどですが、ヤコブの手紙にはそれもありません。代わりにあるのは、祈りの連呼です。13節から最後の20節まで、「祈り」という言葉が7回も繰り返されています。苦しんでいる者は祈れ。病気の者は祈ってもらえ。いやされるために祈れ。ヤコブは、エリヤの奇跡を持出しながら、じつはそれは奇跡ではなく祈りの力なのだと言い切っています。「彼は私たちと同じような人でしたが」という言葉がそれを示しています。祈りは世界を変える力。そしてあなたがたは、今それを手にしている。そんな呼びかけが聞こえてきはしないでしょうか。

 そして、まるで遺言のようにヤコブは最後の最後にこう書き残します。19節、「私の兄弟たち。あなたがたのうちに、真理から迷い出た者がいて、だれかがその人を連れ戻すようなことがあれば、罪人を迷いの道から引き戻す者は、罪人のたましいを死から救い出し、多くの罪をおおうのだということを、あなたがたは知っていなさい」。
 主イエスの弟にしてエルサレム教会の指導者ヤコブは、この最後の言葉にキリストの姿を重ねています。一匹の羊が迷い出たならば、99匹の羊をそこに残して失われた者を探し回る、永遠の大牧者の姿を。あなたがたの中に信仰から離れてしまった者がいる。彼らを連れ戻さなければならない。そのためにあなたがたには祈りが与えられているのだ。ヤコブは祝祷やあいさつに費やすインクさえ惜しいとばかりに、読者に懇願します。迷った人々を連れ戻すのはあなたがたの祈りなのだ。祈りによるしかないのだ。祈りなくして、だれ一人として連れ戻すことはできないのだ。聖霊がヤコブの唇を通して叫ばれている、そのうめきを私たちは決して聞き逃してはなりません。

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posted by 近 at 19:26 | Comment(0) | 2012年のメッセージ