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2012.7.15「働く信仰 〜神の“みわざ”が私の内に!〜」田中敬子神学生

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聖書箇所 ヤコブの手紙2:14-26
14 私の兄弟たち。だれかが自分には信仰があると言っても、その人に行いがないなら、何の役に立ちましょう。そのような信仰がその人を救うことができるでしょうか。
15 もし、兄弟また姉妹のだれかが、着る物がなく、また、毎日の食べ物にもこと欠いているようなときに、
16 あなたがたのうちだれかが、その人たちに、「安心して行きなさい。暖かになり、十分に食べなさい」と言っても、もしからだに必要な物を与えないなら、何の役に立つでしょう。
17 それと同じように、信仰も、もし行いがなかったなら、それだけでは、死んだものです。
18 さらに、こう言う人もあるでしょう。「あなたは信仰を持っているが、私は行いを持っています。行いのないあなたの信仰を、私に見せてください。私は、行いによって、私の信仰をあなたに見せてあげます。」
19 あなたは、神はおひとりだと信じています。りっぱなことです。ですが、悪霊どももそう信じて、身震いしています。
20 ああ愚かな人よ。あなたは行いのない信仰がむなしいことを知りたいと思いますか。
21 私たちの父アブラハムは、その子イサクを祭壇にささげたとき、行いによって義と認められたではありませんか。
22 あなたの見ているとおり、彼の信仰は彼の行いとともに働いたのであり、信仰は行いによって全うされ、
23 そして、「アブラハムは神を信じ、その信仰が彼の義とみなされた」という聖書のことばが実現し、彼は神の友と呼ばれたのです。
24 人は行いによって義と認められるのであって、信仰だけによるのではないことがわかるでしょう。
25 同様に、遊女ラハブも、使者たちを招き入れ、別の道から送り出したため、その行いによって義と認められたではありませんか。
26 たましいを離れたからだが、死んだものであるのと同様に、行いのない信仰は、死んでいるのです。


posted by 近 at 17:11 | Comment(0) | 2012年のメッセージ