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伝道者バッハ:『音楽の手帖 バッハ』からの一考察

※以下の文章は、神学校1年時(1999年)「教会音楽史T」提出課題を加筆修正したものです。
文末の赤字部分は、指導教師であった作曲家、天田繋氏(1937-2012)のコメントです。


 ヨハン・セバスチャン・バッハ   わが国におけるバッハ研究の第一人者である角倉一郎氏によれば、「神学者でも福音伝道者でもなく、何よりも音楽家、それもきわめつきの音楽家である(1)」と形容される。この言葉の裏には、一人の音楽家である以上に、その作品はまさに第二の聖書と表現できるほどの深い宗教的感情を聴く者に意識させてしまうことを意味していると言えるだろう。さらにルター派教会音楽のみならずカトリックや世俗音楽をも包含したバロック音楽の完成者であるとされているにもかかわらず、今日その音楽はクラシックという領域を超えて、多くの人々の手によってさまざまな形に姿を変えている。例えばジャック・ルーシェによるジャズ・バッハ、電子音楽によるバッハ、また最近ではパソコンで小学生でも打ち込めるような『トッカータとフーガ ニ短調』のプログラムなども市販されている。「信仰の創始者であり完成者であるキリスト」というヘブル書の言葉を模倣することがもし赦されるならば、バッハこそまさに「西洋音楽の創始者であり完成者である」という表現もあながち誇張とは言えまい。教会音楽の伝統と世俗音楽の改革が一人の人間のなかで共存している。古きを代表する完成者でありながら、その音楽は常に新しい。

 じつはこの年齢に至るまで、私はバッハの音楽についてはただの一曲しか聴いたことがない。それはあの有名な『マタイ受難曲』である。しかしこれは聴いたというよりは使用したといったほうがよい。私が高校生の頃、武田泰淳の『ひかりごけ』という劇を学園祭で上演することになり、演劇部に属していた私がその演出を担当した。内容について若干説明を加えることをお許しいただきたい。戦時中、遭難して仲間の人肉を食べて生き延びようとした男の葛藤を描いた作品である。仲間を食べた人間は首の回りに緑色のひかりごけに似た光を放つ。戦後帰国して裁判にかけられた男は裁判長に始まり、検事、弁護士、すべての傍聴人に至るまで首の回りに緑色の光を放っているのを見る。戦争はすべての人間を、決して自分では手を下さなくても仲間の肉を食べて生き延びているに等しくしてしまう。戯曲という形式をとることによって、生きることの苦しみ、そしてそれを乗り超える意味を視覚的に訴えた作品である。
 この演劇を演出するにあたり、主人公が仲間を食べなければ生きていけない葛藤、人間の原罪の表現にどのような効果音を使えばよいかで私は頭を悩ませた。武田泰淳の原作ではアイヌの音楽を指定しているが、どうもしっくりこない。そんな時クラシック好きの友人が持ってきたのが『マタイ受難曲』だった。むろん短い劇のなかでのさらに短い一幕のみに使うのだから、マタイ受難曲のサビのほんの一部にすぎなかったのだが、それを使用したことによって劇に与えた影響は我ながら驚いた。ちょうど上演時間も半ばを過ぎ緩慢な印象が役者にも観衆にも感じられるようになるその瞬間、わずか数十秒の音楽が劇全体を引き締めたのである。音楽に対して無知な私もその時ばかりはこのバッハという音楽家の持つ恐ろしさを痛感した。当時私はキリスト者ではなかったが、それゆえに今振り返ってみると「バッハの教会音楽が、キリスト教信者であるか、ないかを問わず、多くの人をひきつけるのは、ほかならぬこの緊張感である・・・(中略)・・・この独特な緊張感はバッハの音楽によってのほか得られないのである(2)」(辻荘一)という賛辞に対しても力強く頷くことができるのである。続きを読む
posted by 近 at 12:04 | Comment(0) | 神学校時代のレポート