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緊張の説教論(7)「2-2.古代から宗教改革期にかけての説教者の緊張意識」

 この緊張意識は、その後の古代教会においては説教だけではなく信仰告白の整備といったかたちでも継承されていった。そこにはユダヤ主義やグノーシス主義といった思想的対決、また皇帝教皇主義などとの政治的対決といった外的要因が大きく関わっている。しかし中世に入り、徐々に説教はかつての律法主義的解釈のごとく訓話的なものとなっていき、そこに含まれていた緊張意識は希薄化する。聖書の代わりに公教要理が用いられ、教訓的ではあるが聖書的とは言えない説教が幅を利かせるようになっていく。泉田氏の言を借りるならば「説教はついに礼拝儀式の片隅においやられてしまった(14)」のである。続きを読む
posted by 近 at 11:59 | Comment(0) | 説教論