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緊張の説教論(8)「2-3.近現代における説教の緊張意識と権威の喪失」

 宗教改革が生み出したカトリックとプロテスタントの対立は、その後三十年戦争という悲劇的結末を迎える。その厄禍はあまりにも大きかった。そしてルターやカルヴァンが再発見した、神の言葉のダイナミズムは彼らの直系の子孫よりはピューリタニズムや敬虔主義に受け継がれたかに見える。特に説教における緊張意識という言葉は、ジョナサン・エドワーズを中心とするアメリカにおける大覚醒における説教を連想させやすい。彼の説教『怒れる神の御手の中にある罪人』の次のようなくだりはあまりにも有名である。
 邪悪さの故に、あなた方はさながら鉛のように重く、非常な重さと重圧のせいでまっしぐらに黄泉路を下るのです。もし神が御手を放せばたちまち落下し、底なしの深淵に急降下し没してしまうでしょう。すると、あなた方の健康な身体、気苦労、思慮分別、最上の計画、正しい振舞いの一切は、蜘蛛の巣が落下する石を止められないように、あなた方を支えて地獄に堕ちないようにする力を失ってしまいます。仮に神の至高の御心が存在しなければ、この大地はあなた方を一瞬も支えないでありましょう。(17)
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posted by 近 at 10:15 | Comment(0) | 説教論