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2016.5.8「信仰の高みへとよじ登れ」

こんにちは。豊栄キリスト教会牧師の近 伸之です。
週報はこちらです。

聖書箇所 『マタイの福音書』15章21-28節 

序.
 尊敬する人が、いわゆる裏表のある人だったということに気づくとき、人はそれまでのあこがれが冷めて、失望を覚えることでしょう。
今日のイエス・キリストの姿を見て、それこそ、裏の部分を見て失望する人がいても不思議ではありません。
自分の娘が悪霊にとりつかれて、助けを求めてきたツロ・フェニキアの女に対して、こう言いました。
「わたしは、イスラエルの家の失われた羊以外のところには遣わされてはいません」、
つまりユダヤ人じゃないやつは、おととい来やがれ、ということです。
それでも必死で食い下がる、この母親に対して、さらに追い打ち。
「子どもたちのパン種を取り上げて、子犬に投げてやるのはよくないことです」。
「子どもたち」はユダヤ人のことです。では子犬とはだれでしょうか。それは今、悪霊に苦しめられている、彼女の娘のことです。
当時のユダヤで「犬」とは最も汚らしいもの、ならば「子犬」が意味するのは、言わなくてもわかりますね。
私たちが、この母親だったら、自分の娘を子犬と呼ばれて、どんな表情をするでしょうか。
何が救い主だ、何が罪人の友だ、と悔しさで顔を真っ赤にし、イエスにつかみかかるのではないでしょうか。
弟子たちから邪魔げにされるのならば、いくらでも我慢できる。でもイエス様にここまで言われたら、いったいどうすればよいのか。
怒りと、混乱と、絶望が入り交じった瞳をイエス様に向けながら、ただ立ち尽くすしかありません。続きを読む
posted by 近 at 19:26 | Comment(0) | 2016年のメッセージ