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2016.12.11「神の赤子は赤心に宿る」

こんにちは。豊栄キリスト教会牧師の近 伸之です。週報はこちらです。
クリスマスの案内チラシを、今年もラクスルさんで6000部発注。
A4両面カラーで一枚2円也。目に触れるかどうかは未知数ですが、教会会計にはたいへん助かります。
0001.jpg クリックすると、PDFが開きます。2MBと重いのでご注意ください。

聖書箇所 『マタイの福音書』1章18-25節 

序.
 クリスマスの讃美歌の中に、「みどりご」ということばがよく出てきます。
赤ちゃん、つまり「赤子」と同じ意味ですが、なぜみどりごと言うのでしょうか。
辞書で調べたところ、奈良時代の大宝律令という法律で、三歳以下の幼児は「みどりこ」と呼ぶことに決められて、その名残だということです。
幼子の瑞々しい生命力が、新緑の若葉を連想させるから、という説明もありました。
讃美歌としては「赤子」より「みどりご」のほうが情感豊かでよいのですが、
私は赤子ということばから受ける、血管が透き通って、肌が赤みを帯びている、そういうイメージも捨てがたいと思います。
日本語には「赤い心」と書いて「赤心」という言葉があります。嘘偽りない、心の思いという意味です。
「赤」は裸を指します。何も飾らず、何も偽らず、何も取り繕わないのが赤心であり、丸裸の赤子の姿です。
聖書の中で頻繁に出てくる「罪のゆるし」という言葉も、ごんべんの許しではなくて、あかへんの赦しという漢字です。
赦すことも、赦されることも、それは自分の心を丸裸にしてすべてをさらけださなければなりません。
そして今日の聖書箇所には、自分の心を丸裸にして「赦す」ことを問われた、一人の男性の姿が描かれています。
それがヨセフです。まず18節をもう一度お読みします。
「イエス・キリストの誕生は次のようであった。その母マリヤはヨセフの妻と決まっていたが、ふたりがまだいっしょにならないうちに、聖霊によって身重になったことがわかった」。続きを読む
posted by 近 at 15:06 | Comment(0) | 2016年のメッセージ