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2017.3.5「礼拝を奪ったのはだれ」

 こんにちは。豊栄キリスト教会牧師の近 伸之です。
『君の名は。』で新海誠監督がブレークを果たす前からそれとなく応援していた豊栄キリスト教会。
そんな新海監督よりもさらに当教会が期待を込めて応援してきたのが、クリスチャン漫画家の山花典之先生です。
そんな山花先生の最新作『神様がくれた風景』が、いのちのことば社から満を持して登場です。

病床にあったお母様の救いの証しなども掲載されています。私も一昨年に逝った母を思い出して泣きました。
難病のためにすでに話せなくなっていたので「口で告白する」ことはできませんでしたが、山花先生のお母様は○○で○○だったそうです
(続きが知りたい方はぜひ本の中で)
上記のリンク先はAmazonですが、できればいのちのことば社直営サイトか全国各地にあるライフセンター書店で購入いただけると幸いです。
豊栄キリスト教会は山花典之先生を応援しています。目指せマンガ界の三浦綾子。
週報はこちらです。

聖書箇所 『ヨハネの福音書』2章13-17節 

1.
 「セブン」「ファミマ」「デイリー」「ローソン」、言うまでもなくコンビニ各社の略称です。
コンビニというのはもともとアメリカで始まったものですが、だいたい1970年前後に日本でも始まったということでした。
ちょうどうちの教会と同じくらいの歴史ですね。そして約半世紀の間に、全国のコンビニ店舗数は約55000軒。
これからコンビニはますます増えていくだろう、と考えがちですが、じつは十年後には半分以下に減っているかもしれない、と言われています。
理由は、コンビニに商品を運ぶための長距離トラックの運転手が激減しているからです。
過酷な労働条件と時給の低さの中で、若い人たちが運転手になりたがらず、コンビニに商品を届けることができなくなる、と。
コンビニは英語のコンビニエンス、訳すと便利、という意味です。
しかしその便利さは、過酷な運送業界の犠牲の上に成り立っているのだ、ということを最初にお話ししたいと思いました。
 「便利」なことはよいことだ、と私たちは考えます。
しかし便利を追及するあまりに、私たちは自分でも気づかないうちに、大切なものを踏みつけているということがあるのです。
今日の聖書箇所では、イエス様の「宮きよめ」というできごとが語られています。
じつはその背後にも、便利さを追い求めて神の家を商売の場所にしてしまった、巡礼者たちの姿がありました。
14節から16節をもう一度ご一緒に読んでみましょう。
「そして、宮の中に、牛や羊や鳩を売る者たちと両替人たちがすわっているのをご覧になり、細なわでむちを作って、羊も牛もみな、
宮から追い出し、両替人の金を散らし、その台を倒し、また、鳩を売る者に言われた。
『それをここから持って行け。わたしの父の家を商売の家としてはならない。』」

 私たちは、このできごとを通して、イエス様が両替人や商売人たちに対して怒りを向けておられる、と考えがちです。
しかし彼らの商売は、現代風に言えば、「巡礼者たちの多様なニーズに応えるため」のものでした。
商売というのは需要と供給のバランスの上に成り立っています。
両替人たちが神殿の中にいるのは、神殿の中で両替を扱ってほしいと望む人々がいるからです。
牛、羊、鳩の商売人たちもまたしかり、神殿の中で、いけにえの動物を売ってほしいと望む人々がいるからです。
それはどんな人々でしょうか。言うまでもなく、ユダヤ国内外から、エルサレム神殿へいけにえをささげにきている、巡礼者たち本人です。続きを読む
posted by 近 at 16:22 | Comment(0) | 2017年のメッセージ