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2017.4.16「亜麻布から始まった奇跡」

 イースターおめでとうございます。豊栄キリスト教会牧師の近 伸之です。
当教会ではCSメッセージ(紙芝居)の担当が三週間に一回のペースで牧師にまわってきます。
今回はRon Kenolyの“Jesus is Alive”を延々と聞きながら色を塗りまくりました。
さて教案誌『成長』の原画担当者が変わりましたので、許可は一切受けていませんが、絵柄を比較してみました。

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今まではイエス様も弟子たちも町の人もみんなひげ面でしたので、ちょっと新鮮です。ヨハネ?のあごひげのアクセントがおしゃれです。
ただ今回の絵に関しては、「だれも手を触れた形跡がないのに、それに包まれていたイエスの死体がすっぽり抜けたままになっている
(村瀬俊夫「ヨハネの福音書」、『新聖書注解 新約1』、いのちのことば社、539頁)
という「亜麻布の奇跡」のディテールがもう少しはっきりと描いてあるとさらに良かったですね。これからに期待です。週報はこちらです。

聖書箇所 『ヨハネの福音書』20章1-10節 

1.
 私は移動の際にはもっぱら車を使う人間ですが、先日たまたま、新潟駅から白新線に乗って豊栄駅まで帰ってくるということがありました。
会議などで上京することもあり、首都圏の電車に乗るのは慣れているのですが、白新線は久しぶりだったので戸惑いました。
まず出入口のドアが自動ではなくて力を入れて開け閉めしなければなりません。
それから、次は何駅に停まりますというアナウンスがちっちゃくて聞こえないこと。たぶん固定客ばかりなので、アナウンスもいらないのでしょう。
でもほとんど利用しない私のような人間には困ります。乗っている間、窓を見つめながら、いまどのあたりかということに注意して過ごしました。
するとあるところで不思議な光景に出会いました。
線路の目の前に広がる住宅地の中に、壁の色から建物の形に至るまで、まったく同じ形をした住宅が数軒、並んでいます。
その家のお父さんがほろ酔い気分で帰って来たときに、隣の家とまちがえたりしないだろうか、とくだらないことを思い浮かべました。
しかし今くだらないと言いましたが、イエス・キリストの復活を信じない人々の中には、おおまじめで同じことを主張する学者もいるのです。
イエスの弟子たちは、もともと隣にあった空っぽの墓をイエスの墓と間違えてしまったのだ。
まだ誰も収められていない墓に何もないのは当たり前なのに、早とちりして、イエスはよみがえったと言い広めたのだ、と。

 ゴスペル界の中尾彬、Ron Kenoly。どちらも大御所です
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posted by 近 at 21:46 | Comment(0) | 2017年のメッセージ