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2017.7.16「新しい『今』を生きる」

51DJt5fLi+L__SX312_BO1,204,203,200_.jpgこんにちは。豊栄キリスト教会牧師の近 伸之です。
日野原重明先生が天に召されました。105歳だったそうです。
先月末に行われた村上市内の新会堂説明会でも、
日野原先生と星野富弘さんの対談トラクトを配らせていただいた矢先でした。
今頃、天で羽鳥明先生と親しく話し合われている頃でしょうか。
ご遺族の方々の上に励ましがありますように。週報はこちらです。
「生涯現役」として著作や講演など幅広く活動してきた聖路加国際病院名誉院長の
日野原重明(ひのはら・しげあき)さんが、18日午前6時33分、呼吸不全で死去した。
105歳だった。通夜・お別れの会は関係者で行う。
葬儀は29日午後1時から東京都港区南青山2の33の20の東京都青山葬儀所で。
(朝日新聞デジタル)

聖書箇所 『ヨハネの福音書』8章1-11節 

序.
 いまヒアリという猛毒の昆虫が問題になっておりますが、「罪」という漢字を書くたびに、私は毛虫を連想してぞわっとしてしまいます。
上の「四」に似た字は大きな目のついた頭の部分、下の「非」に似た字は、たくさんの足がついた胴体の部分。
毛虫には罪がありませんので、向こうからしたら迷惑な話だ、と言われるかもしれませんが。
漢字に詳しい人に聞くと、「罪」という象形文字は、毛虫ではなくむしろ人間そのものを指しているということでした。
とくに下の部分、ここが二つに分かれているのは、罪というのは人間そのものを真ん中から分裂させるものを表しているのだ、と言います。
心を分裂させるだけではなく、生活を分裂させます。自分を分裂させるだけではなく、家族も分裂させます。
家族だけではなく、民族を、国家を、世界を分裂させます。
そしてすべての人間が生まれた時にこの罪を持っているのだ、と、聖書は至る所で語っています。
「義人はいない。ひとりもいない」(ロマ3:10)。「すべての人が迷い出て、みな、ともに無益な者となった」(同12節)。
「すべての人は、罪を犯したので、神からの栄誉を受けることができない」(同23節)と。
 だれもが罪を犯しているのには変わらないのに、自分が罪人であることに気づかない。
むしろ他人の罪を批判することで、自分が他人よりはましな人間なんだと安心するために利用する。
このヨハネ8章に登場する者たちすべてが、イエス様を除き、罪人です。
姦淫の現場を捕らえられた女性、その姦淫の罪を鼻高々に訴える律法学者たち、そして第三者としてそれを眺めている群衆たち。
しかし最後には、この女性を除き、みなが罪を認めて出て行きました。私たちも、その中に含まれているのでしょうか。
願わくは、罪を認めてそこから出て行くのではなく、罪を認めたからこそイエス様のもとに留まった、この女性のようでありたいものです。続きを読む
posted by 近 at 11:38 | Comment(0) | 2017年のメッセージ