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2017.12.31「宮から離れず」

 あけましておめでとうございます。豊栄キリスト教会牧師の近 伸之です。
今回の説教の中で、「シメオンやアンナの時代(イエス様の誕生直後)、
すでにエルサレム神殿は30年後にイエス様が宮きよめをする頃と同様の世俗的な様相を呈していた
」といったことを述べています。
ヨセフォスによれば、ヘロデ大王が権威発揚のためにエルサレム神殿の大改築工事を始めたのはその治世の第18年(紀元前20年)。
ヘロデは紀元前4年に死去しますが、神殿の改築工事は継続されたようです。
「建てるのに四十六年かかりました」(ヨハネ2:20)との証言から、工事完成はだいたい紀元26年頃になります。
イエス様の誕生はヘロデの死去より前ですので、改築工事はまだ三分の一しか進んでいない頃でした。
しかしヨセフとマリヤの律法遵守が強調されている文脈から、逆にこの頃にはすでに神殿祭儀が世俗化していたことが推測されます。
イエス様の誕生時点ではなく、ルカ福音書の執筆時点においての形骸化・世俗化という解釈もありますが
聖書はそれ自体で救いを与える書ですが、このように当時の歴史状況を考察すると一層リアルに読み取れるという好例かもしれません。
週報はこちらです。

聖書箇所 『ルカの福音書』2章21-39節 

序.
 凱旋門と並んで芸術の都パリのシンボル、エッフェル塔。それが建てられたのは今から約130年前、日本では明治22年のことです。
パリで行われた万博の記念として建てられたものでしたが、その建設計画が公になったとき、大きな反対運動が起こりました。
その急先鋒の一人が、モーパッサンという有名な小説家でした。
彼はこんなグロテスクな鉄塔は美しいパリの町にはまったくふさわしくない、とあらゆる手を尽くして反対運動を繰り広げました。
ところがエッフェル塔が建つと、妙な噂が流れました。あれだけ建設計画に反対していたモーパッサンが毎日エッフェル塔に通っている、と。
そこで彼の友人が、モーパッサンにその噂は本当かいと尋ねました。「ウィ、本当だよ」。じゃあ君はエッフェル塔が好きになったのかい。
「ノン、ノン。大嫌いだよ。あんなものがパリのどこからでも見えるようになってしまって、毎日地獄だよ。
だから毎日ここに来るのさ。この塔の真下だけが、パリで唯一エッフェル塔を見なくてすむところだからね」。

1.
 イスラエルの慰められることを待ち望みながら聖霊に示されて宮に入ったシメオン。
また同じくエルサレムの贖いを待ち望みつつ宮を離れなかった女預言者アンナ。
モーパッサンの例を出したのは、じつは彼らにとっても当時のエルサレム神殿は決して喜べる場所ではなかったからです。
えっと驚かれるかもしれません。みなさんは今日の聖書箇所から、「宮」つまり神殿に対して、どのような場所を想像されるでしょうか。
それは決して静かに神を求めることができる場所ではありません。いけにえの動物を売り買いする声で溢れた、騒がしい場所でした。
実際、この時は赤ん坊だったイエス様は、30年後、同じ神殿で動物たちが売り買いされている姿を見て怒り、商売人たちを追い出しました。
しかし30年のあいだに神殿がそうなってしまったわけではないのです。シメオンとアンナの時代に、すでに神殿の堕落は起こっていました。
神殿が堕落してしまったのは、当時イスラエルを支配していたヘロデ大王の政策によるものです。
彼はエルサレム神殿を豪華絢爛たるものとすることで自分の絶対的な権力を誇示しようと、大工事を行いました。
その工事が始まったのは、歴史の資料では紀元前20年、すなわちイエス様が生まれる十数年前ということになります。
このときすでに神殿はヘロデによってきらびやかな建物として変貌し、巡礼の目的は物見遊山に変わりつつありました。
しかし建物が豪華になればなるほど、真実な礼拝はそこから消えていきます。それは二千年前も、現代も変わらない事実です。
ヨセフとマリヤが律法に従っていけにえをささげたことが、今日の聖書箇所では事細かに繰り返し記録されています。
それは裏から返してみれば、それだけ当時、多くのユダヤ人たちが律法を守っていなかったことを示しているのです。

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posted by 近 at 17:48 | Comment(0) | TrackBack(0) | 2017年のメッセージ