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2018.8.19「夫婦はともに高め合う」(創2:18-25)

 こんにちは。豊栄キリスト教会牧師の近 伸之です。
最近のニュース記事を見かけ、思うことがありました。リンクはそのうち切れると思うので、見出しを残しておきます。
ご当地ヒーローの“正体”さらした町議が炎上し謝罪(日刊スポーツ)
内容については肖像権の侵害ということになるのでしょうが、感じている問題点はそこではありません。
いちいち、不特定多数の人が関わるツイッターやFacebookを経由して、抗議や抗弁をするのはどうしてなのでしょうか?
直接連絡を取って伝えればよいのに、なぜあえてSNSで拡散してでなければ向き合えないのか。
相手が匿名の存在であればSNSを使うのもわかりますが、事務所やプロダクションの連絡先もわかるはずです。
本人たちが気づいているかはともかく、おそらく自分に同意してくれる人たちの支持をとりつけるためなのでしょう。
しかしそのせいで、個人的に話し合えば納得できるものが多数の第三者を挟んでしまい、傷口を広げることが多いのです。
 今回は、夫婦について説教で取り上げました。
一昔前、声をかければ届く距離にいる夫婦がわざわざ携帯メールで用件を伝えるやりとりが笑い話になったことがありました。
しかし今は、夫婦げんかが起こるとすぐにそれぞれがSNSで拡散して「自分は悪くないよね」という時代になっています。
「もし、あなたの兄弟が罪を犯したなら、行って、ふたりだけのところで責めなさい。もし聞き入れたら、あなたは兄弟を得たのです。」(マタイ18:15)
二千年前に語られたイエス様の言葉は、今日の情報過飽和時代にも当てはまります。週報はこちらです。

聖書箇所 『創世記』2章18-25節 


1.
 今日の礼拝説教は、最初の人間、アダムとエバを神が創ったことを通して語られている、結婚についてです。
子どもたちや学生さんにはまだ早いかもしれません。
逆に、いまさら言われてもねェという、諦めの境地にある夫婦もいるやもしれません。
しかし聖書の教えは永遠に変わることがありません。そこから教えられることには、早すぎるということも、遅すぎるということもありません。
逆に、世間で語られる結婚は、目まぐるしく変わります。
私が結婚適齢期であった90年代には、女性が結婚相手に求める条件として「三高」が言われていました。高学歴、高収入、高身長です。
私が結婚した頃、それが「四低」に変わりました。女性に頼らない「低依存」、俺が俺がと押しつけがましくない「低姿勢」、
安定した仕事の「低リスク」、そして長男坊ではないこと。私はどれも満たしていませんでしたが。
そのあとも数字と漢字を掛け合わせたいくつかの言葉が生まれ、今は「三生」だそうです。生存力、生活力、生産力。
さらには、男性同士、女性同士の同性婚についてもわからないでは済ませられない時代に来ています。

 このように、この社会の結婚観はまるでネコの瞳のようにくるくると変わっていきます。
しかしもう一度繰り返しますが、聖書が教えている結婚は、時代によって決して変わることがありません。18節にはこうあります。
「その後、神である主は仰せられた。人がひとりでいるのは良くない。わたしは彼のために、彼にふさわしい助け手を造ろう」。
神は男性、女性をそれぞれにふさわしい相手として備えてくださっています。
さらに21節から24節までの言葉を通して、人間ではなく神さまのイニシアチブ、主導権の中で導いてくださいます。
その人の知らないうちに、その人の骨から造り、目の前に連れてきて、一心同体として結ばせてくださった、と。

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posted by 近 at 09:17 | Comment(0) | TrackBack(0) | 2018年のメッセージ