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2018.10.7「励まし、励まされ」(ヨシュア1:1-18)

 こんにちは。豊栄キリスト教会牧師の近 伸之です。
今日のメッセージの中で、新聖歌486「雄々しくあれSunday School March)」について述べています。
作詞は中田羽後先生で1957年、作曲は千葉昌邦先生で1941年、編曲がやはり中田先生で1958年です。
千葉先生が1941年に作曲されたメロディーに、中田先生が自分の詞とともに編曲し世に出したということでしょうか。
「千葉昌邦」を検索すると、日本基督教団で補教師の准允を受けた後、新発田教会(隣町!)などで働かれたことがわかります。
准允を受けたのが1944年ですので、ちょうど神学校入学直前にこの曲を作ったことになるのでしょうか。
1941年といえば、太平洋戦争の始まった年。その時期に神学校に行くというのは、いったいどれだけの覚悟がいったでしょう。
もしかしたら自分自身に対するエール(応援歌)として、このメロディが思い浮かんだのかもしれません。
 とはいえ「雄々しくあれ、強くあれ、少年たちよ」はこれぞ昭和!という感じの曲で、CSでもあまり歌われなくなりました。
その継承曲とも言えるのが、山本陽一郎先生の「ぼくのたからもの」ではないかと個人的に思っています。
「ぼくのたからもの」がサビでは「わたしのたからもの」となり、男の子女の子どちらでも歌える曲になっています。

なんでも、松原湖バイブルキャンプから全国の教会に広がっていったのだそうです。SNSもなかったのにすごいですね。
週報はこちらです。

聖書箇所 『ヨシュア記』1章1-18節 


1.
 今日の箇所をモチーフとしている賛美歌、新聖歌486番は「雄々しくあれ、強くあれ、少年たちよ」という言葉から始まります。
この曲のタイトルは「Sunday School March」、直訳すると、日曜学校行進曲という、たいへん勇ましい言葉になります。
それもそのはず、作曲が1941年、ちょうど太平洋戦争が始まった年です。そしてあれ?と思いました。
てっきり曲調からいって、19世紀あたりにアメリカで作られたものかと思っていたら、ちょうど戦争が始まるころの日本で作られた歌なのですね。
作曲者は千葉昌邦となっております。この方について調べてみましたら、本職は牧師であり、2007年に93歳で亡くなられています。
つまり逆算すると1914年生まれということになりますので、1941年の作曲当時はまだ27歳ということになります。
この方が牧師になられたのは1944年ですので、戦前の神学校の仕組みはわかりませんが、神学生の頃に作られた歌となるかもしれません。
そしてこの千葉先生は、日本基督教団の新発田教会、そして津川伝道所で働かれていたことがあったそうです。
そう考えてみると、今まで歌っていた讃美歌が、一気に親しみが湧いてくるということはないでしょうか。

 「強くあれ、雄々しくあれ」。いまどき「あれ」などという言葉はめったに使いませんので、子どもたちには通じないこともあるかもしれません。
ヨシュアに対する神のことばは、励ましというよりも、命令です。あなたは強くあらなければならない。雄々しくあらなければならない。
言葉使いも今日の子どもたちには通じませんが、ましてや「命令」というのは、子どもたちにはもっと遠く感じるものでしょう。
私にとって大先輩にあたる、ある年配の牧師が、最近教会に来るようになった青年からこんなことを言われて驚いたと言っていました。
「先生、説教の中で、『○○しなければならない』という言葉は使わないでいただけませんか。
命令されているようだし、信仰が自発的なものよりも義務的のように感じられて、なんかいやな気分になるんです。」
 みなさんも、そんな感覚になることはあるでしょうか。
よく知られた都々逸の中に、「噺家殺すに刃物はいらぬ、あくび一つもあればいい」というのがありますが、牧師殺すに刃物はいらぬ。
先生のメッセージは律法的です」と言えば、それだけで牧師は次にどんな説教をすればよいか迷い、苦しみます。
しかし聖書の中には、神さまが「〜しなければならない」と語っておられる言葉が多く見いだされます。
四の五の言わずに俺に従え。神さまはそう言われるのでしょうか。
いいえ、神さまが「〜しなければならない」と言われるとき、もっぱら義務として行うことではなく、期待を表しています。
たとえそれが「ねばならない」という命令のことばではあっても、神さまはその背後に、愛と恵み、そして期待をいつもたなびかせておられます。

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posted by 近 at 21:24 | Comment(0) | TrackBack(0) | 2018年のメッセージ