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2018.12.16「私たちは買い戻された花嫁」(ルツ4:1-22)

こんにちは。豊栄キリスト教会牧師の近 伸之です。
今日の説教原稿の中では「ひとつひとつ見ていく余裕はない」と言っている、
イスラエル人(旧約聖書)にとっての「相続地の大切さ」ですが、実際の説教の中では、いくつか例を挙げています。
・エフタの娘は、自分がいけにえにされることよりも、相続地を継承できないことのほうを悲しんだ(士師11章)
・ナボテは、アハブ王に反抗すれば危険にさらされることを知りつつも、相続地の売却はあり得ないと言った(T列王21章)
他にも多くの事例がありますが、地上の相続地に対してこれほど彼らが執着したのであれば、天上の相続地に対して私たちはどうなのか、
それが今回の説教のテーマの一つです。まさに「神の国とその義を求めよ」ということばに尽きるかと思います。
週報はこちらです。

聖書箇所 『ルツ記』4章1-22節 


1.
 星野富弘さんの詩に、「いのちよりたいせつなもの」というものがあります。
「いのちが一番大切だと思っていたころ 生きるのが辛かった いのちより大切なものがあると知った日 生きているのが嬉しかった」
じつは旧約聖書、つまりイスラエル人のなかにも、私たち日本人にはわからない、「いのちよりたいせつなもの」があります。
それは「土地」なのです。もう少し正確に言うと、「相続地」です。
自分の土地は先祖伝来のもの、そして先祖が神から授けられ、永遠に保証してくださったものなのだ、という信念、
まさにイスラエル人にとって、「いのちよりたいせつなもの」、それが土地であり、国土なのです。
約2000年間、世界に散らばっていたユダヤ人が、現在の場所に再びイスラエル国家を建国したのが今から70年前の1948年のことでした。
自分たちが神から与えられたと信じる土地を取り戻すのを、彼らは2000年間ひたすら待ち続けたのです。
それが現在の中東問題を生み出した原因でもありますが、その忍耐力というか、バイタリティは、驚嘆に値するでしょう。
旧約聖書のあらゆるところに、相続地がいのちよりも大切なものだという教えが残っていますが、ひとつひとつ見ていく余裕はありません。
しかしひとつだけ触れるならば、旧約聖書には次のような、神からの命令があります。
イスラエル人のうちに、もし土地を継がせることのできる子どもがいない者がいたならば、彼の土地はその者の兄弟に継がせよ、
もし兄弟もいなければ、その者の父親の兄弟に継がせよ、そしてその者の名前を土地と共に必ず引き継がなければならない、と。
これが、イスラエルの中で守られなければならない掟であり、この『ルツ記』のクライマックスに出てくる、親戚たちによる買い戻しの場面です。
『ルツ記』は、単にルツの再婚物語ではありません。またナオミが孫を得て幸せな老後を送るという、それだけの物語でもありません。
かつて土地を見捨てた者たちが、再び土地を取り戻す、それを通して永遠の祝福を与えられる、という物語なのです。

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posted by 近 at 11:04 | Comment(0) | TrackBack(0) | 2018年のメッセージ