最近の記事

2019.6.2「敵は本能にあり」(ロマ7:14-25)

 こんにちは、豊栄キリスト教会牧師の近 伸之です。
今日の説教題は、だれもが思いつきそうなネタで申し訳ありません。お恥ずかしい限りです。
日曜日がちょうど6月2日(本能寺の変の当日)と重なる日を狙っていたのですが、
今回を逃すと次は2024年になってしまいますので、明智光秀と同じようにためらいながらも決行しました。
歴史の授業ではイスカリオテのユダと並んで裏切り者の代名詞のような光秀氏ですが、近年再評価が進んでいるようです。
・側室を持つことが当たり前の時代、正室しか持たず、最後まで添い遂げた
・娘はクリスチャンになった(明智玉子=細川ガラシャ)
・信長からキンカ頭(禿?)とあだ名をつけられたが、我慢し続けた
個人的には25年前の大河ドラマで村上弘明さんが演じた光秀の誠実なイメージが印象に残っています。週報はこちらです。

聖書箇所 『ローマ人への手紙』7章14節−25節


1.
 今から約440年前の、ちょうど今日6月2日、日本の歴史で外すことのできない、「本能寺の変」という出来事が起こりました。
今日の説教題は、そのとき織田信長を裏切った家来、明智光秀の言葉、「敵は本能寺にあり」をもじったものです。
なんか思いつきで説教を作っているのかと言われそうですが、決してそんなことはなく、今日の説教は構想に何年もかけております。
これ以前に6月2日が日曜日だったのが2013年。それから6年間、本能寺の変と日曜日が重なる日を待ち続け、今日を迎えました。
 なぜ「本能寺の変」が起きたのか、つまりなぜ明智光秀が織田信長を裏切ったのか。これは日本史最大のミステリーと呼ばれています。
私が子どもの頃、本で読んだのは、織田信長という人間は有能だが、短気な性格で、光秀もいじめられていたから、というものでした。
ところが、近年の研究で明らかになったのは、信長は短気どころか、あの徳川家康も及ばないほど、忍耐深い人であったという事実です。
こんな狂歌を聞いたことはないでしょうか。「鳴かぬなら殺してしまえホトトギス」。これは織田信長の性格を指したものだと言われます。
それに対して、徳川家康が「鳴かぬなら鳴くまで待とうホトトギス」。
でもじつは家康は、子どもの頃から信長を兄のように慕っていて、「鳴くまで待とう」は信長をそのまま真似ていたのだというのです。
忍耐がなかったら、信長も秀吉も家康も、だれであろうとも、天下を取ることはできないのですね。
よかった、聖書とつながりました。一に忍耐、二に忍耐、忍耐してこそ、約束のものを手に入れることができるのです。
 このように信長のイメージがずっと誤解されてきたように、信仰の世界にもずっと誤解されてきた言葉があります。
それは、「律法」です。律法とは、旧約時代に神がイスラエルに与えられたさまざまな命令を指します。
この「律法」から「律法主義」という言葉が生まれました。神の命令を完全に守ることで救われるという、間違った考えです。
でも律法と律法主義はまったく異なるのです。律法は、恵みの反対語ではなく、律法そのものが神の恵みのひとつです。
14節をご覧ください。パウロはこう語っています。「私たちは、律法が霊的なものであることを知っています」。
「霊的」とは、神から来たもの、という意味です。神は私たちに幸いを与えるために律法を与えられた。それを実行するならば確かに救われる。
ですがこの言葉には続きがあります。パウロはため息交じりにこう語ります。「しかし、私は罪ある人間であり、売られて罪の下にある者です」。
私、これはすべての人間、と読み替えてください。律法がどんなによいものであったとしても、それを行う力がない、それが私たちなのです。

続きを読む
posted by 近 at 17:54 | Comment(0) | TrackBack(0) | 2019年のメッセージ