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2019.9.22「わが救い主イエス」(ルカ9:7-9、18-27)

 こんにちは、豊栄キリスト教会牧師の近 伸之です。うっかりしてブログを更新するのを忘れていました。
今日、何日ですか?10月1日になりました。いよいよ消費税も10%ですね。まさか10%だから10月にしたんじゃないですよね。
竹下内閣によって初めてわが国に消費税が導入されたとき、私は18歳でした。
3%なんて計算がややこしいから、10%くらいのほうがキリがいいんじゃないのとか思ってた高校生でした。
バカモノ、オマエは何もわかっていない。10%という数字の重みを・・・・(涙)ムキー
30年前の自分が目の前にいたら叱りつけてあげたい気分です。ああ、5%のうちに会堂建築を始めたかった。
こんな記念すべき夜に、ふと小学生の頃に友人の家にあった小説のタイトルを思い出しました。
フレッド・ホイル『10月1日では遅すぎる』(早川SF文庫)
変なタイトルだから、妙に頭に残っていました。古典過ぎて、もう絶版です。Amazonでもこんな写真しかありません。
消費税とは関係ない内容だったはずですが、タイムリーなタイトルなんで再版されるかもしれませんね。週報はこちらです。

聖書箇所 『ルカの福音書』9章7-9、18-27節


ごめんなさい、今回録画に失敗して、メッセージ動画がありません。

1.
 インターネットで「イエス・キリスト」と打ち込み、検索すると、900万件以上の記事が出て来ます。
その900万件の中でイエス・キリストを救い主として教えている記事はどれくらいでしょうか。おそらく十分の一にも満たないことでしょう。
数え切れない人々が、イエス・キリストを偉大な人物として崇めています。900万件という数字は、その表れです。
しかし同時に、あまりにも多くの人々がイエス・キリストを単なる偉大な人物でまとめてしまい、救い主とは認めません。
もし救い主だと認めてしまったら、自分が救いを必要としていることを認めることになります。いいや、私は救いなど必要としていない。
自分の目で見、自分の耳で聞き、自分の足で立ち上がることのできる、確固とした生き様を持っている人間なのだと信じたいのです。

 国主ヘロデも、そのような現代人と同じでした。彼は、自分に罪の悔い改めを迫っていたバプテスマのヨハネを殺しました。
しかし彼は、自分のプライドを守るため、成り行き上でヨハネを殺しました。そのことが常にヘロデの心を責めています。
小さいとはいえ、一国の王である自分が、その優柔不断さのゆえに流されていく現実に対して彼は彼なりに嘆いていました。
「ひどく当惑していた」ということばは、彼の中にあったそんな不安を物語っています。彼はイエスに会ってみようとも思いました。
もしそれが口先のものではなく、自分からイエスに会いに行くために立ち上がるほどの求道心であれば、彼の人生は変わっていたでしょう。
しかし彼は自分からは動きませんでした。自分からイエスに会いに動くためには、王としてのプライドを捨てる必要があったからです。
そして彼の人生は最後まで変わりませんでした。
まわりに流され続けた彼は、最後には身内に欺かれてローマ皇帝への反逆者として処罰され、遠い流刑地で寂しく死んでいったのです。

 現代に生きる、数え切れない人々が、ヘロデと同じ道を歩んでいます。
自分が不安を抱えていることを感じている。その不安は、いま自分が持っているものでは解消できないことも知っている。
しかし自分がその不安から解き放たれるために救い主を求めることは、おのれのプライドが許さず、他人の目も気になる。
イエス・キリストは、私たち一人ひとりにこう問いかけます。「あなたは、わたしをだれだと言いますか」と。
答えはたくさんあるように見えて、じつは二者選択しかありません。救い主か、そうでないかです。
私たちが人々の前で、イエスは救い主であると認めるならば、イエス・キリストも私たちを救われるべき者として認めてくださいます。
しかし私たちが、イエスを救い主として公に言い表さないのであれば、キリストも私たちを知らないと言うでしょう。
あなたは、イエスを人々に何と言いますか。人々の前で、この方を私の救い主と告白することは勇気がいることです。
しかし恐れてはなりません。イエスは、私の救い主です、と大胆に告白する人は、必ずそれにふさわしい恵みを受け取ります。

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posted by 近 at 01:12 | Comment(0) | TrackBack(0) | 2019年のメッセージ