こんにちは、豊栄キリスト教会牧師の近 伸之です。
今回の説教の冒頭で、「礼拝で司会者が祈っているときには会堂に入らない」という牧会的指導の話をしています。
教会員の訓練という意味では、こういう例はたくさんあるんですが、「失敗」しないと学ばない、ということがよくあります。
失敗、というのかわかりませんが、大学生の頃、KGK(キリスト者学生会)の集会で司会をさせていただいたことがありました。
私の母教会では、礼拝の中に報告の時間がありました。(頌栄・祝祷の直前)
だからその感覚で、たくさん予定されている報告内容を、司会者である私が伝えたのですが、
報告の途中で、主事が講壇に近づいてきて、そっと「近さん、礼拝の中だからそれくらいにしておいて」と言われました。
私の教会では普通のことであっても、他の教会ではそうでないこともたくさんあります。
経験しなければわからないことはたくさんありますが、これは信仰生活だけでなく、仕事の世界もそうですね。
いまは失敗に不寛容な時代だと思います。ただ、自分目線だけで決めつけることがないように注意して歩んでいきたいものです。
週報はこちらです。
聖書箇所 『ルカの福音書』11章1-4節
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