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2020.7.12主日礼拝 ライブ中継

放送時間 7/12(日)午前10:30〜12:00(ストリーミングは当日10:00以降から更新




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2020.7.5主日礼拝説教「何はともあれ求めるものは」(ルカ12:22-34)

 こんにちは、豊栄キリスト教会牧師の近 伸之です。
外出自粛やテレワークの中で経済的、精神的に疲れをおぼえておられる方々に、神様からの慰めがありますようにと祈ります。

 今回、説教原稿には含んでいませんが、第二礼拝の説教(アップロードしているもの)でだけ話したことがありました。
戦後の日本の、福音宣教が「25年周期」で区切られるのではないか、という私の分析です。(20:10〜)
1.欧米の宣教師による揺籃期(1945〜1970)
2.日本人牧師による成長期(1970〜1995)
3.オウム真理教の影響から、信徒伝道に対する啓発期(1995〜2020)
4.家庭伝道に対する再認識(2020〜)
 なんといっても一番のターニングポイントは、「地下鉄サリン事件」(1995年3月)です。
ひとつの宗教結社がこれを計画・実行したということが判明するにつれて、世間が震撼したのは、
毒ガスによる無差別テロということだけでなく、その宗教の中核が、大学や企業のエリートであったということです。
オウム事件の結果、それまで比較的、宗教に寛容であった日本人の中に、宗教に対する忌避と恐怖感を作り出しました。
 ざっくりとした俯瞰ですが、それからの四半世紀、教会はそれまでの伝道姿勢を顧みながら「信徒による伝道」を改めて目指してきました。
その中で、今回の新型コロナウイルスの世界的流行が起こりました。
会堂での集会が自粛され、家庭でのオンライン礼拝が定着し始めています。
この新型ウイルスは、確かに社会にとっても大きな脅威です。しかしそれだけで終わるものでもないと考えています。

 信徒伝道を目指してきたとはいえ、「礼拝に出席していればよい」という教会依存はいまなお健在です。
しかし礼拝を通して神が求めておられるのは、出席しているという事実ではなく、ひとり一人の心です。
求道者に対しても関心を持たず、まるで指定席のようにいつも決まった場所に座り、おざなりに一時間を過ごすなら、何のための礼拝か。
礼拝の自粛は、不幸な出来事であると同時に、「霊とまことによる礼拝」とは何かを問いかけています。
これからの25年はどうなるか、と大上段に構えて論じられるほど勉強していませんが、
教会でも家庭でも表裏がないクリスチャンの姿が、これからの宣教の鍵になるのだろうと漠然と考えています。
「25年周期」の最初の二つについては、次回以降に改めて書きたいと思います。週報はこちらです。

聖書箇所 『ルカの福音書』12章22-34節



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posted by 近 at 22:04 | Comment(0) | TrackBack(0) | 2020年のメッセージ

2020.6.28主日礼拝説教「みことばはその日のうちに」(マルコ4:35-41)

 こんにちは、豊栄キリスト教会牧師の近 伸之です。
外出自粛やテレワークの中で経済的、精神的に疲れをおぼえておられる方々に、神様からの慰めがありますようにと祈ります。

 さて、初版が2010年と今から10年前に上梓されたものでありながら、今年とくに注目されている本があります。

以下は、出版社の紹介文からの引用です。
先生がねえ、死ねって、ぼくに言いよった……ある日突然「殺人教師」にされたーー 恐怖の実話ドキュメント!
「早く死ね、自分で死ね。」2003年、全国で初めて「教師による児童へのいじめ」と認定される体罰事件が福岡市で起きた。地元の新聞報道をきっかけに、週刊誌やワイドショーが大々的に報じ、担当教諭は「史上最悪の殺人教師」と称され、停職処分に。児童側はさらに民事裁判を起こし、舞台は法廷へ映り、正義の鉄槌が下るはずだったが、待ち受けていたのは予想だにしない展開と、驚愕の事実であった……。第六回新潮ドキュメント賞受賞。累計13万部突破、恐怖のロングセラー。
今年に入ってからブレイクしている理由は、コミカライズ(漫画化)の影響でしょうか。

コミックのほうはまだ第一巻が出たばかりのようで私は読んでいませんが、原作のほうを知人に勧められました。
牧師にとって最も大事な日とも言える土曜日にもかかわらず、約250ページを一気読み。(先週の話)
やつはとんでもないものを盗んでいきました。私の3時間です。

「予想だにしない展開と、驚愕の事実であった」が何なのかは、「でっちあげ 福田ますみ」で検索してください。
一言で言うと「えん罪」ですが、そのえん罪の過程が「えっ、こんな簡単に人を罪に定めていいの?」と驚かされます。
モンスターペアレントの恐ろしさだけでなく、体面を重んじて検証もせずに謝罪させる学校関係者。
「安易な罪の告白」がどれほどの結果を生んでいくのかを考えない教師本人(クリスチャンは良く読み取るように!)
被害児童をいい加減な所見でPTSDと判断する大学病院の医師。
地元住民の証言も取らないまま、一方的に教師を追い込んでゆくマスコミや人権派弁護士たちの思い込み・・・・
ノンフィクションですので一部を除き、登場人物は実名で掲載されています。

決して教会にとって他人事ではありません。教会で罪が明らかになったとき、聖書に基づいて「教会戒規」を行います。
しかし実際のところ、その解釈や運用は各教会にゆだねられているため、それが原因で裁判沙汰になった事例が散見されています。
私も以前、ある教会の戒規事例に関わりましたが、宗教法人法が規定する教団−教会の関係や、牧師の守秘義務について、
あまりにも牧師自身が不勉強であるということを痛感しました。
センセーショナルなタイトルですが、このような本をクリスチャンが読んでおくべきだと思います。新潮文庫です。
週報はこちらです。

聖書箇所 『マルコの福音書』4章35-41節



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posted by 近 at 20:01 | Comment(0) | TrackBack(0) | 2020年のメッセージ