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2013.3.10「いのちより大切なもの」

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聖書箇所 テモテへの手紙 第二4章1-8節
 1 神の御前で、また、生きている人と死んだ人とをさばかれるキリスト・イエスの御前で、その現れとその御国を思って、私はおごそかに命じます。2 みことばを宣べ伝えなさい。時が良くても悪くてもしっかりやりなさい。寛容を尽くし、絶えず教えながら、責め、戒め、また勧めなさい。3 というのは、人々が健全な教えに耳を貸そうとせず、自分につごうの良いことを言ってもらうために、気ままな願いをもって、次々に教師たちを自分たちのために寄せ集め、4 真理から耳をそむけ、空想話にそれて行くような時代になるからです。5 しかし、あなたは、どのような場合にも慎み、困難に耐え、伝道者として働き、自分の務めを十分に果たしなさい。6 私は今や注ぎの供え物となります。私が世を去る時はすでに来ました。7 私は勇敢に戦い、走るべき道のりを走り終え、信仰を守り通しました。8 今からは、義の栄冠が私のために用意されているだけです。かの日には、正しい審判者である主が、それを私に授けてくださるのです。私だけでなく、主の現れを慕っている者には、だれにでも授けてくださるのです。

 星野富弘さんという方をみなさんご存じかと思います。体育の先生でしたが、事故で首から下が動かなくなってしまいました。何年も絶望の日々が続くなか、神の愛に触れて信仰を与えられました。口に筆を加えて描かれたその絵と詩の数々は、多くの人の心に励ましを与え続けています。星野さんの作品のひとつに、「いのちより大切なもの」というのがあります。
 命がいちばんだと思っていたころ 生きるのが苦しかった
 いのちより大切なものがあると知った日 生きているのが嬉しかった
星野さんはこう言っておられます。「命より大切なもの−−この答えは自分で見つけてはじめて意味があると思い、それぞれの答えがあってよいと考えていた。しかしその質問は東日本大震災以降まったくなくなった」。つまり、あの3月11日以来、「命がいちばんだと」言い張る人がいなくなったと言うのです。考えてみると不思議なことです。この二年間で、約16000人の方がなくなられ、行方不明者も約2700人を数えます。「九死に一生を得た」と普通なら考えそうなものです。しかし生き残った人々は、いのちを得た中でむしろ「いのちより大切なものがある」と考えるようになったということです。それは失った家族との繋がりかもしれません。今も被災地に赴き、被災者に寄り添い続けている人々との絆であるかもしれません。しかしこう考えることもできるでしょう。いのちより大切なもの、それはそのいのちを私に与えてくれた存在であると。星野さんを含め多くのクリスチャンにとって、それは救い主イエス・キリストです。願わくは、あの日から明日で二年を迎える中、少しでも多くの人々がイエス・キリストに出会うことができますように。

 今日開きました、新約聖書の「テモテへの手紙 第二」は、パウロが最後に書き残した手紙です。遺言と呼んでもよいでしょう。かつてはクリスチャンを憎んでいたパウロは、復活のイエス・キリストに出会い、残りの人生をこの方にささげて生きてきました。今さら何を怯える必要があるだろうか。パウロは死を覚悟しながらも、その死の前に怯えることはありません。彼もまた、この手紙を通して「命より大切なもの」を手紙の受取人である若き弟子テモテに伝えます。それは何でしょうか。永遠のいのちです。たとえこの地上の命が尽き果てても、決して消えることのない永遠のいのちのともしび。私はこのともしびを人々に伝えることに生きてきたし、これからも変わらない。この地上のいのちが消えるその瞬間まで、私はキリストを宣べ伝えていく。そしてテモテよ、あなたもそのように生きてほしいのだ。
 パウロの懇願の前に、テモテだけでなく私たちもまた、姿勢を正さずにはいられません。1節をもう一度お読みします。「神の御前で、また、生きている人と死んだ人とをさばかれるキリスト・イエスの御前で、その現れとその御国を思って、私はおごそかに命じます。みことばを宣べ伝えなさい。時が良くても悪くてもしっかりやりなさい。寛容を尽くし、絶えず教えながら、責め、戒め、また勧めなさい」。

 今日は、二年間にわたって教会に仕えてくださった田中敬子神学生、伶奈姉を送り出します。伶奈姉は神学生ではありませんが、彼女が来てくれたこの二年間、子供たちも大人たちもどれだけの力と励ましをいただいたかわかりません。本音を言えば、送り出したくないのです。歓送会なんかしたくないのです。もっといてほしいのです。それは私だけの気持ちではなく、豊栄に集っておられるみなさんの思いでしょう。おそらくある方などは、神学生とも気づかず、昔から来ている教会員だと思っていた、という人もいるかもしれません。それほどまでに、お二人は奉仕教会の私たちを心から愛し、交わり、仕えてくださいました。心から感謝をささげたいと思います。

 今日の聖書箇所には、パウロが自分の人生を振り返り、その上でテモテにこれだけは伝えなければならないと考えたことが残されています。それは、「みことばを宣べ伝えなさい」ということでした。「時が良くても悪くてもしっかりやりなさい」と。最近読んだある方の文章の中に、こういう言葉がありました。パウロは時が良くても、悪くても、と言っている。しかしパウロの宣教において、時が良かったことなど果たしてあったのだろうか、と。
 確かにパウロの人生は迫害と苦しみの連続でした。イエス・キリストを伝えたことによって反対者に袋だたきにあい、死にかけたこともありました。また「このような者は地上から除いてしまえ。生かしておくべきではない」と群衆から罵倒されたこともありました。ですから私はこう思うのです。「時が良くても悪くても」とは、私たちの言い訳をふさぐための言葉ではないのか、と。人々が耳を傾ければ「良い時」と考え、反対が強ければ「悪い時」と考えてしまう。しかし人々の心を開くのは神ご自身です。人の目にはどのように見えたとしても、私たちがなすべきことはただ語ること。それがパウロの遺言の中心です。



 この近くに特別養護老人ホームがあります。二年前、そこにS姉という教会員の方が入所しておられました。ときどき姉妹たちがその方を訪問してくださっていましたが、田中神学生が来てくださったのでぜひメッセージをその方にしてほしいということになりました。田中神学生は事前にメッセージ原稿を私に見せてくれたのですが、イエス様の再臨についてのメッセージでした。緊張しながら語ったそうですが、S姉はそのメッセージを聞き、それまでの信仰生活を悔い改めたのです。そしてその数ヶ月後に、祈るようにして天に召されていきました。パウロは言います。みことばを宣べ伝えなさい。時が良くても悪くても、と。しかし私たちはよく考えます。今は語るときではない。あるいは今なら聞いてもらえる、と。そんな悟りは必要ありません。ただ語り続けるということ。最近、ある大先輩の牧師が私にこう言いました。近先生も牧師になって10年過ぎると、立派な説教をして本でも出そうかとか考えるかもしれない。でも立派な説教なんていらない。ただ語り続けなさい。B級と言われるような説教を講壇から湯水のように流し続けなさい。それこそ、死ぬまで。このアドバイスをそのまま田中神学生にお渡しします。共に、ひたすらみことばを宣べ伝えていきましょう。

 私も神学生時代、二年続けて同じ教会に奉仕しました。奉仕教会はC県にある小さな教会で、K先生という韓国人の牧師先生でした。しかし奉仕神学生とは名前だけ、いつも奉仕から逃げ回っていたような者でした。初めての人に話しかけるのが苦手で、いつも青年ばかりと話して役員さんから叱られる、土曜日に教会の結婚式の受付を頼まれたのに当日寝坊する、しかし一番大変だったのは体力がなくてすぐに疲れてしまうということでした。やがて私は、その教会で「禁じられた遊び」をおぼえてしまいました。奥に母子室があったのですが、礼拝後は誰もいないことがよくありました。もうおわかりですね。誰もいないときを見計らって、そこでさぼることをおぼえてたのです。いや、障がい者だし、体力ないからしょうがないじゃん。そんなことを心につぶやきながら、その日もうつぶせになって体を休めていました。ふと扉が開く気配がした。寝たふりをして薄目を開けるとK牧師でした。やばい、これはやばい。頭の中でどうすべきかとっさに考えました。しかし考えをまとめる前に先生が私のそばにまで来てしまった。「近さん」。そう呼ばれると思いましたが、先生は黙ったまま、私の隣にうつぶせになった。5分か、10分か。私は気が気でないまま、心の中で震えていましたが、K先生はやがて起き上がって、また部屋を出ていきました。
 二年もいたのに、その先生からどんな指導を受けたのか、ほとんどおぼえていません。ただこの出来事だけは鮮明に覚えています。もし私がK先生だったら、このサボリ神学生にどう対応していただろうか。やはり同じようにするだろうと思います。K先生は私の弱さに寄り添ってくれました。田中神学生親子を迎えるにあたって、K先生が私に教えてくれたものをお二人にも伝えたいと思いながら、この二年間を歩んできました。さすがに一緒の部屋で添い寝することは真似しませんでしたが、人の弱さに寄り添うことを忘れて、ただみことばを語り続けたとしても、それは人をさばく道具になってしまいます。パウロはみことばを宣べ伝えなさいと語った直後にこう言っています。「寛容を尽くし、絶えず教えながら、責め、戒め、また勧めなさい」と。どんなときにも寛容を尽くしてください。寛容さを忘れないでください。私たちも忘れません。そしてあきらめずに、みことばを語り続けます。

 私の友人牧師がこの二年間、何度も被災地に通って人々の話し相手になっています。彼がある時にこう言っていました。「被災者の苦しみを思うと、何も語ることなどできない。ただ頷きながら、聞いてあげることしかできない」。それは紛れもない事実なのでしょう。しかしそれでもあえてこう言わなければなりません。私たちは被災者の告白よりもパウロの叫びに頷くべきである、と。みことばを宣べ伝えなさい。時が良くても悪くても、しっかりやりなさい。私たち教会だけが持っているものがあります。被災地の幸せを願う善意でしょうか。人々の告白に耳を傾け続ける力でしょうか。確かにそれらも持っています。しかし教会だけが持っているもの、それはただ福音です。神のことばに啓示された、イエスだけがあなたを救いうる神なのだ、という福音です。時が良くても、悪くても、ただこの福音を伝えていかなければなりません。そしてそのためには、私たち一人一人が福音の中に生きていかなければならないのです。「いのちより大切なもの」、それを伝えてくれるこのイエス・キリストにある福音のことばに生きましょう。伝えましょう。しっかり伝えていきましょう。
posted by 近 at 16:43 | Comment(0) | 2013年のメッセージ
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