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2014.8.3「もし明日世界が終わっても」

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聖書箇所 マタイの福音書6:34
 「だから、あすのための心配は無用です。あすのことはあすが心配します。労苦はその日その日に、十分あります。」(新改訳)
 「だから、明日のことまで思い悩むな。明日のことは明日自らが思い悩む。その日の苦労は、その日だけで十分である。」(新共同訳)

序.
 敬和学園大学の前の学長であった新井明先生は、教育方針としてこんな言葉を掲げておられました。
敬和学園大学は、木を育てるように人を育てる」。いい言葉だと思いませんか。
この言葉を大学ではなく高校風に言い換えると、次のようになるかもしれません。「敬和学園高校は、イモを育てるように人を育てる」。
敬和高校では、クラスごとに自分たちの畑を持っていて、労作という授業の中でサツマイモを育てます。
もうひとつ、大学関係者の言葉を紹介しましょう。昨年まで大学の宗教部長を務められた大沢牧師のチャペルメッセージからです。
 乳児園、保育園、幼稚園と、「園」がつくところで、まず私たちは人間として必要な心を養われます。
そして小学校、中学校、高校と「校」がつくところで、社会生活に必要な知識や人間関係を学んでいきます。
敬和学園は、知識を学ぶ高校であり、大学です。でもその本質は「園」、人間として必要な心を養ってもらうところなんです。
どうでしょうか。高校の先生方もすばらしいですが、大学も味がある先生方ばかりです。
私は両方の卒業生として、200人の高校3年生のうち、30人程度しか敬和大学に進学しないことを非常に残念に思っています。
高校で敬和の教育を受け取った者の15%しか大学に進まないようであれば、敬和の校風が引き継がれていくことは不可能です。
3年生の方はもう進路が決定しているでしょう。しかし1、2年生の方々は、どうか敬和学園大学への進学をおぼえていただきたいのです。

1.
 「木を育てるように人を育てる」という新井前学長の言葉は、別の人物の言葉を思い起こさせます。
今から約400年前、ドイツで宗教改革を起こしたマルティン・ルターという牧師がいました。
ルターはこういう有名な言葉を残しています。「たとえ明日この世界が滅びようとも、私は今日リンゴの木を植える」。
ここでルターが言っているのは、リンゴの木が実を結ぶことそのものが大切じゃないということです。
実を結ぶことよりも、今日、木を植えていることそのものが大切だということです。
結果は100点だろうと0点だろうと、どちらでもいい、だが今私が、立ち上がって何かを始めるということそのものが大事だ、と。
この言葉は、今日の聖書箇所にある、イエス・キリストの言葉にもつながります。
だから、明日のための心配は無用です。あすのことはあすが心配します。労苦はその日その日に、十分あります」。
あす、世界が滅ぶかはわかりません。
そして世界が滅ぶ前に、自分自身の人生も、あすどうなっているかわからない、そんな不確定な世界に私たちは生きています。
でも私たちに必要なのは、明日の保証ではないのです。今日、生きているという確信です。
そして敬和学園高校が、まず礼拝から一日を始めるということは、意味のないことのように見えて、じつはとても大事なことなのです。
600人の生徒全員があのチャペルにすわり、そこで神のことばを聞く。あすどころか、今日何が起こるか分からない中に、私たちは生きています。でもすべての希望も、すべての不安も、あらゆるものを心にためこみながら、30分静まって、自分の心を見つめる。
これは決して他の一般的な高校では味わうことのできない、貴重な時間なんだということを忘れないでほしいと思うのです。

2.
 私が、敬和学園高校に通っていたのは、1988年から90年までの3年間です。この3年間は、色々なことが起きた年でした。
1988年、元号に直すと昭和63年に当たりますが、この年の9月19日、闘病中の昭和天皇が吐血されたと報道されました。
私は敬和の秋の修養会の宿泊先でその報道を知りましたが、この日以降、日本全国で「自粛」という言葉がどこでも聞かれるようになりました。そして年が明けた1月7日、昭和天皇は崩御され、全国の学校が一斉に自主休校したのです。
でもその日、敬和をはじめとするキリスト教主義の学校は、休まずに授業を行いました。
当時の校長先生は小西校長の前の先生ですが、こう言いました。
私たちはひとりの人として、天皇を敬愛している、でも休校することが天皇の死を悼むことにはならない、
そして日本のすべての学校が一斉に休校する姿は、戦時中を彷彿とさせる。だから敬和はこの日も通常通り授業を行います
」と。
その日の朝は、テレビ局も取材にくるほど、学園全体が緊張感に包まれました。
でも私たち600人の学生と教職員は、いつもと同じように礼拝をささげて、一日を始めました。
私は当時クリスチャンではありませんでしたし、どちらかといえば休校のほうを願っていたような生徒でした。
しかしそれでもこの非常事態でもいつもと変わらず礼拝から一日を始めていく学校の姿には何かを感じずにはいられませんでした。

 そして私が敬和3年生のときに、今度は湾岸戦争が起こりました。
そのときも日本の多国籍軍参加を巡って世論が二つに割れ、敬和の学生たちもお互いに議論し、悩み、恐れました。
しかしその時も、敬和学園はまず礼拝から一日を始めました。これらはもう四半世紀も前の昔話です。
しかし、敬和は約半世紀のあいだ、いつもその一日を礼拝から始めてきたのだ、ということを忘れないでほしいのです。
日本中が右往左往するような不安の中でも、敬和学園は、今日という日をまず礼拝から始めるということを生徒に教え続けてきました。
みなさんが、三年間続けていく朝の礼拝には、決して変わることのない何かがあります。
その何かとは何か、それは人に教えられるものではなく、自分自身で見つけていくものです。
しかしルターの言葉を借りるならば、「たとえあす世界が滅びようとも、私は今朝、チャペルに向かう」、そう告白してほしいのです。

3.
 聖書の中には、「神のことばは、私の足のともしびです」という言葉があります。それは今から3000年も前に、ある詩人が残した言葉です。
3000年前における「ともしび」とは、もちろんサーチライトのように、はるか数キロまで照らしだす光ではありません。
ゆらゆらと揺れながら、せいぜい自分の足下くらいしか照らせない、かぼそいろうそくの光です。
でも、これもまたイエス様の言葉につながるものがあります。
サーチライトのように明日までも照らし出す光は、私たちには必要ありません。
たとえ明日何が起こるかわかったところで、私たちは実際のところ何もできないのです。
でも今日、私たちは小さな光をいただきます。明日何が起こるか分からない。ただ今日、この瞬間、私の足下を照らすだけの光。
でもそれで十分なのです。みなさんが礼拝に出席し、そこで自分の心を神のことば、聖書によって照らし出されていく。
今まで敬和の礼拝を通して、自分の心にある怒り、憎しみ、不安といったものが静かにえぐり出されていく経験をしたことはないでしょうか。
神は私たちに、未来を見通す力ではなく、今自分の心を振り返る時を与えてくださいました。
そしてそれこそが、この不確かな世界の中で、決して変わらない勇気と力を与えてくれるのです。
posted by 近 at 18:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | 2014年のメッセージ
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