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2014.10.12「与える幸い」

週報はこちらです。

聖書箇所 使徒11:25-30
 25 バルナバはサウロを捜しにタルソへ行き、
26 彼に会って、アンテオケに連れて来た。そして、まる一年の間、彼らは教会に集まり、大ぜいの人たちを教えた。弟子たちは、アンテオケで初めて、キリスト者と呼ばれるようになった。
 27 そのころ、預言者たちがエルサレムからアンテオケに下って来た。
28 その中のひとりでアガボという人が立って、世界中に大ききんが起こると御霊によって預言したが、はたしてそれがクラウデオの治世に起こった。
29 そこで、弟子たちは、それぞれの力に応じて、ユダヤに住んでいる兄弟たちに救援の物を送ることに決めた。
30 彼らはそれを実行して、バルナバとサウロの手によって長老たちに送った。

1.
 長岡出身の軍人、山本五十六が残した言葉があります。人を育てる原則として、よく知られている名言です。
やってみせ、言って聞かせて、させてみせ、ほめてやらねば、人は動かじ」。
教会にあてはめますと、二番目の「言って聞かせて」が牧師の説教にあたるのかもしれません。
しかしまずその前に「やってみせ」、つまり自分が模範を示さなければならないということがここでは言われています。

 アンテオケ教会には、イエスを信じたが旧約聖書を知らず、かつての悪習慣から完全に抜け切れていない者たちが多くいたことでしょう。
バルナバは彼らに説教を通して愛を教える前に、まず彼自身が愛を「やってみせ」ました。
それが、サウロをタルソへ探しに行き、アンテオケに連れてくるということだったのです。

 なぜバルナバはサウロを探したのでしょうか。ただ有能だからということではないでしょう。
サウロが異邦人伝道の使命を神様からゆだねられていることを、バルナバは知っていたらからです。
バルナバとサウロはお互いに親友でした。親友とは何でしょうか。それは、何でも語り合える関係です。
さらにいえば、語り合ったことをいつまでも覚えている関係です。
この使徒の働きの中で、サウロは自分が救われた時の経験を何度も人々に話しています。
そのたびに彼が必ず口にしているのは、イエス・キリストが彼を異邦人宣教に召してくださったということです。
バルナバは、サウロと顔を合わせるたびにいつもそのことをおぼえて、祈り続けていたのではないかと思います。

 もし私たち豊栄教会が愛の教会になりたいのなら、未信者を愛する前に、まず自分の兄弟姉妹を愛する教会にならなければなりません。
兄弟姉妹の語る夢、悩み、苦しみ、不安、どんな小さなことも語り合い、分かち合える教会こそ、キリストの名にふさわしい教会です。
このアンテオケで、弟子たちは初めてキリスト者と呼ばれたとあります。
アンテオケの弟子たちは、バルナバとパウロの交わりに触れながら、兄弟姉妹が愛をもって生きるとはどういうことなのかを学んでいきました。
まさに山本五十六のいう「やってみせ」が、このアンテオケの愛の交わりの秘密でした。

2.
 バルナバ・サウロだけではなく、エルサレム教会もまた、アンテオケ教会に愛を「やってみせ」ました。
それは、アンテオケにエルサレム教会から預言者たちが下っていったということです。
私たちが今もっている新約聖書は、この使徒の働きの時代には、まだ完成していません。
ですからこの時代、教会には「預言」の賜物をもった人々、つまり神のことばを直接的に受け取って、クリスチャンに伝える人々がいました。
「アガボ」をはじめとする、この預言者たちは、使徒たちと並んでエルサレム教会を支えていた人々であったのです。
ここに私たちは、エルサレム教会が、教会の核となっていた人々をアンテオケに送り、霊的な祝福を与えようとした姿を見るのです。

 じつは私たち豊栄教会も、これと同じことを経験しました。
この教会が約40年前に始まったとき、その最初の数年間だけ、別の教会から移ってこられた一組のクリスチャン夫婦がおられました。
彼らは、今の北新潟、当時の松浜キリスト教会の会員でした。
しかし豊栄教会が始まったとき、松浜教会から一時的に転籍して、この教会が自立できるまで牧師や信徒を支え続けてくださったのです。
そして成長を見届けると、再び松浜教会に籍を戻し、またそこで教会に忠実に仕えて行かれたと聞いております。

 それから30年以上が過ぎました。今や私たち自身が、近隣の開拓教会に霊的祝福を与えることを求められています。
たとえばある信徒は、豊栄の夜の祈祷会を守りつつ、日中には新発田の祈祷会にも参加し、そこの教会員の方々と祈りを合わせています。
じつはこれは、どの教会でも行えることではありません。
牧師同士の信頼関係がないと、自分の教会の信徒が他の教会の集会に出席した、信徒を取られたとか大騒ぎになります。
しかし私たちは、新発田や村上と本当に良い交わりを築いてくることができました。
だからこそ、彼らに対して、この三教会だからこそ、できることが何かあるはずです。
先に生み出された教会が、後に生み出された教会を支えていく。
それは二千年前のエルサレム教会の姿であり、30年前の松浜教会の姿であり、そして今日の豊栄教会が求められている姿なのです。

3.
 最後に、アンテオケ教会の愛の姿を追いかけて、説教を終わります。
霊的な祝福をエルサレム教会から受け取った彼らは、それぞれの力に応じて、救援の物をエルサレム教会に送ることを決めました。
それは単にエルサレム教会への恩返しではありません。
バルナバとサウロの姿を通して、アンテオケの弟子たちは「与えることこそがクリスチャンの愛の本質である」ことを自ずと学んでいたのです。
かつてイギリスの首相を務めたチャーチルは、こういうことばを残しました。
私たちは自分の生活の価値を、何を手に入れたかによって推し量る。
だが生活ではなく人生そのものの価値は、何を手に入れたかではなく、何を与えてきたかによって決まる
」。
生活という言葉と、人生という言葉は、同じようでまったく異なります。
貧しい生活であっても豊かな人生を送る道があります。一方で豊かな生活をしていても貧しい人生を送る人々もいます。
その違いは何でしょうか。イエス・キリストが私のためにご自分の命を与えてくださったことを知っているかどうかです。
もしクリスチャンが、人に与える幸いを忘れているなら、その人はキリストが命を与えてくれた幸いも忘れています。
もしクリスチャンが、人に与えることを嫌がっているなら、その人はイエスが自分のために命を与えてくださったことも、心の底で嫌がっています。
しかし私たちが自分の力に応じて、何かを与えるならば、その人はキリストが与えてくれた人生の価値を知っているのです。

 ある町に、信徒同士が対立しており、分裂寸前の教会がありました。
そこに一人の牧師が赴任して、数年後、そこは愛の教会と呼ばれるほど、麗しい交わりが生まれました。
人々はその牧師に、いったいどうやって教会を回復させたのかと聞きました。
そのとき、彼はこう答えたそうです。「わかりません。ただ私は、宣教師のために援助を送ることを呼びかけ続けてきました」。
他の人々のために与えることを、たとえ渋々でも始めた教会は、いつのまにか争いから解放され、愛と感謝が絶えない教会になりました。
私たちもその教会の例に倣いましょう。
自分たちのためでなく、他の教会や他の団体のために与えていくとき、神は必ずそれ以上の霊的祝福を私たちに与えてくださるのです。
posted by 近 at 17:00 | Comment(0) | 2014年のメッセージ
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