最近の記事

2015.11.22「四十年を感謝して」

 こんにちは。豊栄キリスト教会牧師の近 伸之です。
今日は、当教会の創立40周年記念特別礼拝でした。
どこらへんが「特別」かというと、記念誌をベースに、スライドショーを作って礼拝で流しました。
40年を7分にまとめた意欲作です。元になった記念誌は、来月あたりにPDFでアップしたいと思います。



週報はこちらです。

聖書箇所 『申命記』8章1-10節
 1 私が、きょう、あなたに命じるすべての命令をあなたがたは守り行わなければならない。そうすれば、あなたがたは生き、その数はふえ、【主】があなたがたの先祖たちに誓われた地を所有することができる。
2 あなたの神、【主】が、この四十年の間、荒野であなたを歩ませられた全行程を覚えていなければならない。それは、あなたを苦しめて、あなたを試み、あなたがその命令を守るかどうか、あなたの心のうちにあるものを知るためであった。
3 それで主は、あなたを苦しめ、飢えさせて、あなたも知らず、あなたの先祖たちも知らなかったマナを食べさせられた。それは、人はパンだけで生きるのではない、人は【主】の口から出るすべてのもので生きる、ということを、あなたにわからせるためであった。
4 この四十年の間、あなたの着物はすり切れず、あなたの足は、はれなかった。
5 あなたは、人がその子を訓練するように、あなたの神、【主】があなたを訓練されることを、知らなければならない。
6 あなたの神、【主】の命令を守って、その道に歩み、主を恐れなさい。
7 あなたの神、【主】が、あなたを良い地に導き入れようとしておられるからである。そこは、水の流れと泉があり、谷間と山を流れ出た深い淵のある地、
8 小麦、大麦、ぶどう、いちじく、ざくろの地、オリーブ油と蜜の地。
9 そこは、あなたが十分に食物を食べ、何一つ足りないもののない地、その地の石は鉄であり、その山々からは青銅を掘り出すことのできる地である。
10 あなたが食べて満ち足りたとき、主が賜った良い地について、あなたの神、【主】をほめたたえなければならない。

序.
 今日の週報のプログラムをご覧ください。「創立40周年記念礼拝」と書いてあります。
しかしこの教会が初代牧師の就任式をもって歩み出した1972年の春を教会の誕生日とするならば、正しくは43周年とすべきかもしれません。とはいえ、人間でも歳を聞かれて、三つ四つサバを読むこともありますから、今年で40歳ですと教会が答えたって別に問題ではありません。
本来の40周年から三年ほど遅れてしまいましたが、記念誌もなんとか発行することができましたので、ひとつの区切りをつけることができました。
7月には記念式典を開くということも計画していたのですが、招待を考えていた先生の体調が悪化して、それを延期させていただくことにしました。それは来年か、再来年か、になりますので、大きな式典は45周年か50周年までおあずけです。
しかし今日は、今まで労してくださった準備委員への感謝、何よりもここまで導いてくださった主への感謝をこめて、
小さなかたちではあっても40周年を記念したいと願います。

1.
 教会の歩みについて40年を振り返ってみるならば、私たちは知らなければならないことが多すぎました。
委員会では、初代牧師の就任、1972年4月を教会創立の年としました。
しかし記念誌を読んでいただければわかるように、この会堂そのものは、その2年前の1970年3月に献堂式を行っています。
初代牧師就任までの二年間、この場所で、会堂を利用しての保育事業が行われました。
ある人は保育園だったというし、またある人は幼稚園だったというので、当時をよく知る方に私も確認したところ、じつはどちらでもないと言います。
まったくの無認可だったので、保育園とも幼稚園とも名乗ることができなかったと言っていました。
それが事実であるかどうかはわかりませんが、少なくとも当時の文書を読むと、50人近い子どもたちをあずかっていたと書いてあります。
しかしクリスチャンの保母がいない、地域の教会からも手伝ってくださるクリスチャンはいたが、彼らも彼らで仕事を持っている、
その中で教会が教会として歩んでいくべきではないかという危機感の中で、
初代牧師夫妻である若月先生ご夫妻が当時のリース宣教師から要請を受けて、新潟に戻ってこられました。
ここらへんの経緯をもう少し踏み込んで調べることができればよかったのですが、
準備委員としても資料が限られており、聞き取りも難しかったかもしれません。
ただ、二年間続いた保育事業をやめて、名実ともに教会らしい教会へと新しく踏み出そうとするときに、
教会から出て行かざるを得なかった人もいました。そこからすでに痛みがあったのです。
誰が悪いとかそういうことはまったくありません。しかしこの教会はそのような痛みの上でここに生まれたのだということをおぼえて、
そのうえで私たちは次の時代に向かって歩んでいきたいと願わされます。

2.
 40年を振り返る中で、もうひとつどうしても見なければならないのは、2001年に牧師がいない、いわゆる無牧となったということでしょう。
しかし無牧は突然生まれたように見えて、じつはそうではありません。
そこに至るまでの30年、若い力に溢れ、順風満帆に見えた教会の中に、何かが密やかに、よどみのように積み重ねられていました。
正直、これについては今回の記念誌でも、はっきりと語ることはできていません。
ただ結果として、教会学校は中断し、牧師夫妻が引退をされ、残された教会の礼拝出席者は半減したという事実だけを記しました。
でも忘れたくないことは、それまでの30年間の歩みをすべて否定する必要はないのだということです。
それについては、聖書が教えていることと同じです。
イスラエルが40年間、荒野を放浪しなければならなかったのは、約束の地カナンを前にして不信仰に陥った、その世代の罪のためでした。
だからこの世代が、ヨシュアやカレブを除き、すべて死に絶えるまで、彼らは荒野で40年を過ごさなければなりませんでした。
しかし、その罪のさばきとしての40年でさえ、神は彼らに必要なものを欠けることなく、彼らを育まれたというのです。
ましてや、この教会の40年、その中には痛みもあり、そして今もその痛みを完全に過去のものとすることができない人もいるかもしれません。
でも、その40年間、神さまの恵みの中で、牧師も信徒も、ひとり一人が真剣に信仰生活を歩んできたことは間違いないのです。
その過程で、人間的なものが入り込んで、神の喜ばれるところから軌道を曲げてしまったことがあったでしょう。
でもそれは現在の私の牧会の中も起こりうることかもしれないし、教会の二千年の歴史の中で常に経験してきたことでした。
私たちは、間違えないつもりでやってきても、いつのまにか間違えてしまうこともあります。
愛をもって育ててきたつもりでも、いつのまにかそこに違ったものが入り込んでしまうということもあります。
でも間違えたときには、先生、それは違うんじゃないですか、と言うことができます。これが言える自由な空気が、今はあります。
何かが入り込んだら、それがどこから来たかを振り返り、悔い改め、正していくことができます。
でも少しの間違いを認めないゆえに、すべてを否定して殺してしまうということはしてはいけません。
神さまが私たちを愛してくださった証しが、この豊栄キリスト教会の40年です。
私たちがどれだけ間違えても決して見捨てない、そのイエス・キリストの愛が私たちの中にいつも生きていることを証ししていきましょう。

結.
 今日、三年遅れにはなりましたが、神さまに40年の感謝をささげることができたことを感謝いたします。
豊栄キリスト教会の礼拝出席者数や、教会員の数は、まだ20年前の状況にさえ満たない現状です。
ただ数字は目標ではなくて結果にすぎません。
ここに集っているひとり一人が、この教会のからだの一部として今生きていることを神さまに心から感謝できるならば、教会はこれからもこの地に広がっていきます。
私たちを愛し、はぐくみ続けてくださる主をほめたたえましょう。
posted by 近 at 17:12 | Comment(0) | 2015年のメッセージ
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: