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2015.12.6「『どうして』は信仰の証し」

 こんにちは。豊栄キリスト教会牧師の近 伸之です。
今年は気合いを入れて、オリジナルのクリスマスチラシを作りました。約7000枚を旧豊栄市近郊の住宅街に新聞折り込みします。

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B5版の表カラーで裏モノクロ、それでも印刷単価が7000枚で約2円ですので、安いですね。ラOスルさんありがとう。
もっとも教会に導かれるきっかけは、折り込みチラシではなくて家族友人に誘われてというのが圧倒的に多いのです。
ですからショートメッセージは、礼拝説教で語ったものを再編集して、クリスマスと絡めました。
「ねえねえ、どう、うちの牧師が書いたのよ(以下略)」てな感じで誘いやすい・・・・か?週報はこちらです。

聖書箇所 『ルカの福音書』1章26-38節
 26 ところで、その六か月目に、御使いガブリエルが、神から遣わされてガリラヤのナザレという町のひとりの処女のところに来た。
27 この処女は、ダビデの家系のヨセフという人のいいなずけで、名をマリヤといった。
28 御使いは、入って来ると、マリヤに言った。「おめでとう、恵まれた方。主があなたとともにおられます。」
29 しかし、マリヤはこのことばに、ひどくとまどって、これはいったい何のあいさつかと考え込んだ。
30 すると御使いが言った。「こわがることはない。マリヤ。あなたは神から恵みを受けたのです。
31 ご覧なさい。あなたはみごもって、男の子を産みます。名をイエスとつけなさい。
32 その子はすぐれた者となり、いと高き方の子と呼ばれます。また、神である主は彼にその父ダビデの王位をお与えになります。
33 彼はとこしえにヤコブの家を治め、その国は終わることがありません。」
34 そこで、マリヤは御使いに言った。「どうしてそのようなことになりえましょう。私はまだ男の人を知りませんのに。」
35 御使いは答えて言った。「聖霊があなたの上に臨み、いと高き方の力があなたをおおいます。
それゆえ、生まれる者は、聖なる者、神の子と呼ばれます。
36 ご覧なさい。あなたの親類のエリサベツも、あの年になって男の子を宿しています。不妊の女といわれていた人なのに、今はもう六か月です。
37 神にとって不可能なことは一つもありません。」
38 マリヤは言った。「ほんとうに、私は主のはしためです。どうぞ、あなたのおことばどおりこの身になりますように。」
こうして御使いは彼女から去って行った。

1.
 あなたの家に、天使がいきなり入ってきたら、どんな反応を示すでしょうか。
旧約聖書の伝統に生きるユダヤ人のあいだでは、神の使い、すなわち神を見るということは、死を意味していました。
なぜなら、神のきよさの前に、罪ある人間など、たちまちにして消え去ってしまうものであるからです。
だからこそ、これに先立つ六ヶ月前、同じ御使い、ガブリエルに出会った祭司ザカリヤは、はげしく恐れたのでした。

 それに比べると、「何のあいさつかと考え込んだ」マリヤは、ずいぶんと落ち着いているように見えるかもしれません。
しかし、これはマリヤの信仰というよりは、彼女がまだ幼かったということをあらわしているように思います。
マリヤはこのとき、幾つだったのでしょうか。聖書には書いてありません。
しかし許嫁となっている女性が、実際に嫁ぐ年齢は、今日でいえば中学生くらいの年であったと言われます。
マリヤは、大人ではなく少女でした。婚約中とは言っても、子どもが産まれることなど予想することもできない、処女でした。
すべてにおいて、彼女は未完成でした。しかし神が救い主の母として選ばれたのは、この少女マリヤでした。

 しかしマリヤにまったく恐れがなかったということでは、決してありません。
「おめでとう、恵まれた方」と呼びかけたガブリエルは、考え込むマリヤに対して、「こわがることはありません」と語りかけます。
マリヤには、天使を見たことで死んでしまうという恐れとは別の、まったく別の恐れがありました。
それは、救い主の母として、自分が選ばれたという使命に対する恐れでした。
その小さな両腕に、「とこしえにヤコブの家を治め、その国は終わることがない」という永遠の王イエスを養い育てるという使命が与えられました。
まだ年端もいかぬ少女が、どうしてとまどわずにいられましょう。どうして恐れずにいられましょうか。
しかし神は、マリヤをその使命のために選ばれました。何も知らない、ナザレの村のひとりの少女、このマリヤという娘を。

2.
 マリヤの選びは、私たちが神さまの働きのために選ばれることのひな型を指し示しています。
神は、ありのままの私たちを選ばれます。神に選ばれるために、マリヤは少女から大人になる必要はありませんでした。
選びは、神の一方的なもので、私たちの行動や人生経験には、まったく左右されないものです。
しかし、選ばれたのであれば、私たちはそのままの自分で居続けることはできません。
少女マリヤは、救い主の母として選ばれたことを告げられたときに、何も知らない少女のままでいることはできませんでした。
神があなたを愛している、神があなたを選び、ご自分のみわざのために召してくださっている。
それを神自身の唇から聞かされたとき、私たちの中には変化が起こります。
マリヤに起きた変化、それは彼女が御使いに投げかけたことばに現れています。34節で、彼女はこう言っています。
「どうしてそのようなことになりえましょう。私はまだ男の人を知りませんのに」。

 「どうして」というこの言葉は、不信仰の証しではなく、信仰の証しです。
より正確に言えば、自分が信じることのできるものの限界を嘆いている、信仰者マリヤの心からの告白です。
マリヤは、御使いのことばを信じました。神が彼女を通して、永遠の王、イエスをこの世に与えてくださるという約束を信じました。
しかし全世界のための救い主という神の約束は、生まれてこのかたナザレから出たこともないマリヤには、受け止められません。
永遠に続く神の王国という約束は、数ヶ月後のヨセフとの結婚という小さな時間の中で生きていたマリヤには、受け止められません。
しかしマリヤには、変化が起こっていました。そして彼女に与えられていた信仰は、マリヤがそのままで終わることを許しませんでした。
マリヤは、自分が神のみわざを理解することもできない、常識の範囲でしかものごとをわかり得ない者であることを率直に告白したのです。
それは不信仰ではありません。むしろ信仰のなせるわざです。男の人を知らない自分が、どうして神の子を産むことができるのか。
それは疑いではなく、自分が神のみこころを掴みきれない、有限な人間であることを素直に認めていることばです。
ナザレの寒村に生まれ育った少女にふさわしい、飾らない素直な言葉であり、救い主の母にふさわしい、己を隠さない、大胆な言葉です。

3.
 神の選びは、恵みです。マリヤは、まだ幼かったけれども、神はその幼いマリヤを選んでくださいました。
しかしマリヤは、その使命を受け止めなければなりませんでした。
ナザレという小さな村で一生を終えるはずであったマリヤ。大工ヨセフの妻として、小さな家庭で生きるはずのマリヤ。
しかし御使いは、全世界の救いのためにあなたは選ばれたのだと、マリヤに伝えます。
神はマリヤに変わることを求めました。ナザレ村で一生を終えるはずの人生から、すべての人々のために自分の人生をささげる生き方へ。

 ありのままの私が選ばれたのは確かなことです。しかしそのままの、何も変わらない私でよいということではありません。
信仰生活は、私たちの歩みが変えられていく歩みです。私たちは古い自分と古い生活を捨てたくないと考えます。
しかし神は、私たちの頭を上げよ、目を天に向けよ、はるか先を見よ、その先に何がある、
わたしはあなたが今まで知ることのなかった世界へあなたを導く、そしてわたしはあなたといつもともにいる、と約束してくださるのです。
神を信じること、神に従うことはそういうことです。

 最後にマリヤはこう告白しました。「ほんとうに、私は主のはしためです。どうぞ、あなたのおことばどおりこの身になりますように。」
欽定訳聖書という、世界で最も有名な英語の聖書では、この「はしため」という言葉を「メイドサーバント」、すなわち「女中」と訳しています。
女中。その言葉の意味するところは、どんなに低い立場であっても、まぎれもなく主人を助けている女性、ということです。
クリスチャンがクリスマスに記憶するべきメッセージは、私たちが男であろうが女性であろうが、神の女中であるということです。
どんなに小さな者であっても、神のみわざに加わり、これを助けることができるのです。
たとえ私たちがどんなに小さな者であったとしても、マリヤのように主のご計画に加わることを許されている。それこそが恵みです。
その恵みを十分に生かす機会として、このアドベントを過ごしていきましょう。
posted by 近 at 09:49 | Comment(0) | 2015年のメッセージ
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