さて、南京・・・ではなく、この4月から、
そんなわけで礼拝とCSは、同じ聖書箇所からメッセージしています。手抜きではありません。聴衆の理解度を高めるための牧会的配慮です。
講解説教を14年間続けてきた私としては大きなチャレンジでしたが、礼拝説教ではできないようなこともCSで試みています。
といっても、ネクタイを外してエジプト人のムチにしたりとか、忘年会の隠し芸みたいなノリですが。週報はこちらです。
聖書箇所 『出エジプト記』3章1-14節
序.
先週の説教から、この『出エジプト記』を学んでいます。この聖書の出来事は、今からおよそ3500年前の時代に起きたことです。
モーセの同胞であるイスラエル人は、寄留しているエジプトで、彼らの奴隷として扱われていました。
ただの奴隷としてであればまだ希望があったでしょう。
しかしエジプトの王パロは、イスラエル人の力をそぐために、男の子は生まれたらすぐにナイル川に投げ込んで殺せと命じていました。
そのように、まったく将来に希望のない暗黒の時代に生まれたのが、後にイスラエルの指導者となるモーセです。
先週の説教では、このモーセが、神のご計画の中で、パロの王女に拾われて、養子として育てられていくという不思議を見ました。
彼は40歳になるまで、エジプトの宮殿で、当時最高の学問と教養を学んでいきます。
ここで、モーセに起こったことを、教会学校の紙芝居の一枚を使って説明します。

右側の、エジプト貴族の服装をしているのが、王子として育てられていたモーセです。
よく見ると、彼は真ん中の、むちを振り上げているエジプト人を止めようとしています。
そしてこのエジプト人は、左側にいる、イスラエル人をむちで激しく打っており、彼の体には生傷が刻まれています。
モーセは、エジプトの王子として40年間育てられましたが、その心には、奴隷になっている同胞イスラエル人を助けたいという思いがありました。
そしてあるときに、イスラエル人がエジプト人からひどくいじめられているのを見るのです。それがこの場面です。
なんとあろうことか、モーセはこのエジプト人を、近くにだれもいないことを確認すると、殺してしまったのです。
だれもその現場を見ていないはずでした。しかしその翌日には、モーセがエジプト人を殺したことが明るみに出てしまいます。
しかも、助けてもらったはずのイスラエル人たちは、彼にまったく感謝することもなく、むしろ彼を人殺し呼ばわりしました。
一方でエジプト人たちは、イスラエル人でありながらエジプトの王族として暮らしているモーセを捕まえようとしました。
どこにも行き場を失ったモーセは、ミデヤン人という羊飼いで暮らしている外国人の中に逃げ込んで暮らすようになるのです。
これがモーセ40歳のときのこと。
そしてこの日から、彼が80歳になるまでのじつに40年間、モーセはミデヤン人の中で、彼らと同じ羊飼いとして過ごすのです。
2.
今日の聖書箇所は、そのモーセが80歳のときに、神さまにイスラエルの指導者となるように召しを受けるという場面です。
まず覚えて頂きたいのは、神は、ご自分の計画にふさわしい者を用いられるために、これだけ長い時間をかけて人を訓練されるということです。
羊飼いというのはのどかな職業に見えるかもしれませんが、じつはあらゆる職業の中で最も忍耐力が試される仕事だと言います。
群れの中で、羊同士が争うことも日常茶飯事、静かなのは草を食んでいるときと眠っているときだけ。
神がモーセをイスラエル人の指導者としてふさわしく整えるために、40年間羊飼いとして忍耐力を養われた、ということ。
40歳のときのモーセは、同胞イスラエルを救うという使命は燃えていても、その情熱は、神よりも自分をあるじとしてしまうものでした。
その結果が、理由はどうあれ、だれも見ていないことを確認しての、計画的な殺人だったのです。
神は、そのモーセを解放者として整えるために、長い時間をかけられました。
私たちも同じで、イエス・キリストを信じて救われたから、さあ生まれ変わってすばらしい人格者になった、ということではないのです。
確かにキリストを信じ、私の罪がすべて赦され、永遠のいのちが与えられたことは真実です。
しかしそれはゴールではなくて、ようやくスタートに立ったにすぎません。
川底の石ころが上流からごろごろと押し流されて、ぶつかり、ぶつけられながら、河口に辿り着くまでに角がとれて丸い石になっていくかのように、
私たちの信仰や人格も、長い時間をかけて成長していくのです。
それを忘れてしまうと、バプテスマを受けて何十年経っているのに成長しないなァとかつぶやいたりする。
あるいは、そもそも本当に救われたのだろうか、と疑ってしまうハメになる。
信仰の成長は、どうしても時間が必要です。人に見せるだけの信仰ならば、いくらでも取り繕うこともできましょう。
しかし真実の信仰は、熟すまでの時が必要です。なぜ神は、モーセが80歳になるまで、その前に現れてくださらなかったのでしょうか。
彼を忘れていたということは決してない。生まれた時から、解放者として奇跡的に命を救われた彼を、彼はいつも覚えておられた。
そのモーセが、なぜ80歳になるまで、
しかもその後半は、前半の王子としての栄光をすべて奪われて、帰る国もない、羊飼いとして生きていかなければならなかったのか。
それは、人間の歩幅で、同胞の救いを完成させようとしていたモーセが、神の歩幅を知るためでした。
神は燃える柴の中からモーセに語られました。
「わたしは、エジプトにいるわたしの民の悩みを確かに見、追い使う者の前の彼らの叫びを聞いた。わたしは彼らの痛みを知っている」。
いつ見たのか。いつ聞いたのか。いつから知っていたのか。
昨日今日ではない。イスラエルが奴隷として苦しみ続けた、この四百年間、わたしは彼らを見ていた、と。
モーセは、神が120年と定められた人の寿命のうち、その三分の二、じつに80年をまるで無駄に過ごしたように思われていたかもしれない。
しかし自分の時間感覚を、永遠の神の時間感覚、つまり神と歩幅を合わせていくことを学ぶ必要がありました。
みなさんはどうでしょうか。先週は嬉しいことがあった。昨日はいやなことがあった。嬉しいときには神の恵みを感じ、悪いときには神を遠く感じる。
そういう近視眼的な時間感覚が、神ご自身によって時間をかけて訓練されていかなければなりません。
そのとき、私たちは神に用いられる者となるのです。
3.
最後に、神が燃え尽きない柴の中に現れたのはなぜでしょうか。
それは、今まさに燃え尽きようとしているかに見えるイスラエルの民が、決してそうはならないことを示すためでした。
神はすべてを知っておられるのです。イスラエルの苦しみも、エジプト王パロの策略も、そしてモーセの行く先も。
モーセは、イスラエルの指導者という、あまりにも大きな使命に対して、「私は何者でしょうか」と答えました。
そしてこの聖書箇所の後にも、幾度となく神の召しを拒絶します。
でも、私たちはモーセを笑えません。私たちだって、自分を知れば知るほどに、自分にできるわけがない、と怖じ気づいてしまうものです。。
しかし神は私たちの造り主であるというのはどういう意味でしょうか。
それは、私たちが自分を知る以上に、神は私たちを知っておられるということです。
私は、自分の罪を認めようとしませんが、神はその罪の大きさを知っておられます。
そして私が、自分には不可能だと思えるような仕事に対しても、
神はその働きに何が必要で、何が私に欠けているかを知っておられ、そして欠けているものを与えてくださいます。
モーセが神に対して「あなたの名は何ですか」と尋ねたとき、神は「わたしはあるという者だ」と答えられました。
この世のすべてのものは、存在するために何かを必要としています。
植物は水が必要で、肉食動物は草食動物が必要で、人間にはパンの他にもみことばが必要です。
しかし神は、存在するために、他の何物をも必要としていません。
すべての創造者である方は、ただご自分だけで、何にも頼ることなく、存在しているお方、それが「わたしはあるという者」という意味です。
決して何にも影響されず、何によっても動揺されない、不動の創造者。
何をも必要としていないお方が、私たちの味方になってくださって、しかも私の計画のためには、あなたが必要だと言ってくださるのです。
これが、私たちクリスチャンに与えられた、救いの呼びかけなのです。
この事実をしっかりと見つめ続けるならば、私たちは決して失望することはありません。
モーセに呼びかけられた「わたしはある」というお方は、今も私たちに十字架を通して呼びかけておられる、イエス・キリスト、救い主です。
この方の呼びかけに応じるとき、モーセの生き方が変わったように、私たちの人生も変わるのです。