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2016.10.2「主よ、お話しください」

こんにちは。豊栄キリスト教会牧師の近 伸之です。
週報はこちらです。

聖書箇所 『サムエル記 第一』3章1-21節 


序.
 今から15年前、神学校最後の夏休みのことですが、鳥取聖書教会というところで、約一ヶ月、住み込みで教会のお手伝いをしました。
この教会は、今もそうですが、中井堯(たかし)先生という方が、郷里伝道を志して、開拓を始められたところです。
じつは中井先生は、私が洗礼を受けた、山の下福音教会で牧師をされていたことがありました。
私が山の下に通っていたころの牧師は長谷部先生という方ですが、
あるとき私に向かって「私ではなく中井先生が牧師だったら、あなたのよい所をもっと伸ばせただろうに」と意味深な発言がありまして、
神学校卒業前にぜひ先生のところで牧会を学びたいというお願いをして、下川先生の後押しもあって、承諾をいただきました。
約一ヶ月の間、教会堂で寝泊まりして、教会の事務のお手伝いをしたり、信徒宅を訪問したり、子どもと遊んだり、たまにトラクトを配ったり。
中井先生は日曜日以外のほとんどの日、朝早くからアルバイトをされていて、開拓教会の大変さも教わりました。
想像していたような厳しい先生ではなく、笑うと目がなくなるような優しい先生でしたが、説教はとても厳しく、また妥協のないものでした。
鳥取教会の週報に書かれていたみことばが、先生の牧会スタイルを象徴しているようでした。
「獅子が吠える。誰が恐れずにいられよう。神である主が語られる。だれが預言せずにいられよう」。
一ヶ月間のインターン生活を支えていたのは、毎日、短いながらも、先生が解き明かしてくださる、みことばの分かちあいの時間だったと思います。1.
 サムエルは大祭司であるエリのもとで、神の箱が安置されている主の宮で寝泊まりしながら、主に仕えるという生活を送っていました。
おそらく彼はこのとき12歳くらいの年齢であったかと思われます。
よく、キリスト教の聖画などで、紅顔で巻き髪の少年が、天に向かって仰いでいる、祈りの姿が描かれます。あれがこの時のサムエルです。
しかし、大祭司のもとで暮らしていながら、サムエルの生活には、あることが欠けていました。
それは、みことばです。聖書ははっきりとこう記しています。「そのころ、主のことばはまれにしかなく、幻も示されなかった」。
大祭司エリは、祭司としてはともかく、親としては教育に失敗していました。
彼の二人の息子もまた祭司でしたが、彼らはその立場を利用して、私腹を肥やしているような人物でした。
エリはそのことを知りながら、彼らをいさめることができず、神はすでにエリの家から離れてしまっていました。
そんな中で、エリは惰性のようにかたちだけ大祭司の仕事を務めているような生活でした。
自らの教育の失敗が、神を怒らせていたのに、どうしてエリがサムエルを教えることができるでしょう。
そしてサムエルもまた、乳離れしたときからエリのもとで、主の宮で暮らしていたにもかかわらず、神を知らず、神のことばを知りません。
サムエルは、確かに神からの呼びかけを聞きます。しかしそれが神からのものだとわかりません。
エリが呼んだのだと思って、エリのもとへ駆けつけます。
しかしエリから私は呼んでいないと言われ、また戻り、そして何度も同じことを繰り返します。
サムエルが純粋なだけ、何度も何度もエリの寝室と主の宮とのあいだを往復する姿は、ユーモラスを通り越して、痛みさえも感じます。

2.
 エリの寝室と主の宮を何度も往復するサムエルの姿は、私たちも経験するところです。
どんなに努力をしても変わらない、変えられない自分。まるで無限に続いていくかと思われる、徒労の日々。
しかしそれは、あるきっかけを通してあっさりと変わります。それは、気づくということです。
依存症と診断される人は、自分が依存症患者であることに気づく、言い換えると、受け入れるときに、はじめて変わります。
どれだけ苦しんできたか、どれだけ苦しめば良いのか、時間は何も変えません。変えるきっかけ、変わるきっかけは、私たちの側にあります。
エリの息子たちは、肩書きだけは祭司でした。しかし彼らは神を知らない祭司でした。エリが教えなかったからです。
エリはこの時に至るまでそれを認めようとしませんでした。しかし、彼はようやく、サムエルに語っている方が主なる神であることに気づきました。
息子たちには言えなかったことば、いや、言わなかった言葉を、彼はサムエルに伝えました。
「その方は主だ。主よ。お話しください。しもべは聞いております」と言いなさい」。
この数年後にやってくる、エリの最後は、神の箱を奪われ、息子たちも戦死したショックで、頭から地面に落ちて死ぬという悲惨なものでした。
しかし彼は、このときにサムエルに主との出会いを教えたことで、その悲惨な最期に勝る、大切な務めを果たしました。
主をだれかに伝えることほど、人生の中で大切な仕事はありません。
みんなが牧師や宣教師という仕事につく必要はありません。しかしこのことはおぼえてください。
親が子どもに主を伝えること、夫が妻に主を伝えること、仕事の仲間に主を伝えること、それは何よりもすばらしいことなんだ、ということを。

3.
 しかし、サムエルに生まれて初めて与えられたみことばは、少年には極めて残酷なものでした。
サムエルにとって父とも言える、エリの家への徹底したさばき、しかも警告ではなく、すべてが手遅れの、最終宣告でした。
しかしこのとき、少年サムエルは、預言者の仕事を知りました。
どんなに語りたくないと思われる内容であったとしても、神からゆだねられたものであれば、語らなければならない務め。
それが神のことばに仕える、預言者の仕事です。
預言者が愛の言葉を語るとき、自分には愛がないことを自覚して、身を削るようにして語ります。
預言者が罪の悔い改めを語るとき、自らが罪人のかしらであることを知りながら、いのちを削って語ります。
それでも語らなければならないのが、神のことばです。
私がもし25年前に神のことばを聞かなかったら、私にとって教会は、自分とは違う世界の人が集まっているところ、で終わっていたことでしょう。
しかし私は神のことばを聞いてしまいました。
罪のさばき、十字架の犠牲、永遠のいのち、普通であれば脳みそを通り過ぎていくはずのことばが、私を捕らえました。
みことばが語られるとき、確かにそこにひとつのきっかけが生まれます。
だからこそ、私たちは神にこう求めましょう。「主よ、お話しください。しもべは聞いております」。
たとえそれがどれだけ厳しい言葉であろうとも、神のことばにしがみつくよりほかに、私たちを死からいのちへと移す手段はありません。
いま、ひとり一人がこう告白しましょう。「お話しください。しもべは聞いております」と。
posted by 近 at 21:57 | Comment(0) | 2016年のメッセージ
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