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2017.11.19「ボクはイサク」

 こんにちは。豊栄キリスト教会牧師の近 伸之です。
私はたまに説教の中で落語やコントを挿入することがありますが、いつも準備不足で中途半端な印象がぬぐえません。
今回も「子ども祝福式」を礼拝の中で行った流れの中で、説教全編を少年イサクの独白という形にしたのですが、やっぱり準備不足。
46のおっさんが照れながら朗読劇をするような感じになりました。昔は原稿も一晩で暗記できたのですが。
いつか、アブラハム役を募集したうえで、練習をしっかり行って再演したいと思います。
週報はこちらです。

聖書箇所 『創世記』22章1-19節 

1.
 ボクはイサク。お父さんの名はアブラハム。お母さんの名前はサラ。
小さい頃は、イシュマエルというお兄さんがいたけれど、あるとき、ハガルさんという本当のお母さんといっしょに家を出ていってしまった。
それから、ボクは自分で言うのもなんだけど、お父さんお母さんから、本当に大切にされてきたんだ。
お父さんは、しょっちゅうボクを丘の頂に連れて行く。そこからは、今住んでいるカナンの場所が全部見渡せる。
そしてお父さんはボクを振り返ってこう言うんだ。
「見ろイサク、これらすべて、天の神様が作られ、わしらに与えてくださったんじゃ。わしのものは、すべておまえのものじゃ」。
お母さんは、いつも羊の肉じゃイサクが飽きるからと、ときどき行商人が集まる市場へ連れて行ってくれる。
でも市場に行くと、会う大人たちみんなが、お母さんにこう言うんだ。「かわいいお孫さんですね」って。
お母さんは最初の頃は、孫じゃありません、息子です、とむきになっていたけど、最近では適当に「ええまあ」とか言ってやり過ごすようになった。
でも、知らない人がみたら、やっぱりお母さんはお祖母ちゃんにしか見えない。だってお母さんが90歳の時にボクが生まれたんだもの。
おばあちゃんどころか、ひいおばあちゃんに見られたって不思議じゃない。おとうさんだって、ひいおじいちゃんだ。
ときどきボクが食事の時にふたりにそう言うと、お父さんは大声で笑う。そしてその後、必ずボクの目をまっすぐ見て、こう言うんだ。
「イサク。わしが100歳、母さんが90歳の時にお前が生まれた。だがお前を生んだのは、わしでも母さんでもない。
神様がわしらへの約束を守って、お前をこの世界に生んでくださったんじゃ。だから何があっても、神様への感謝を忘れてはならんぞ」。
ボクがうなずくと、お父さんはにっこり笑う。お父さんは笑うと皺だらけの顔がもっとくしゃくしゃになって、目が皺のあいだに隠れてしまう。
そんなお父さんの笑顔がボクは大好きだ。お父さんとお母さんが、いつまでも元気で、ずっと一緒に暮らせたらいいなあ。

2.
 この前、ボクが寝ていたら、隣の部屋でお父さんとお母さんが大きな声を出しているのが聞こえて、目が覚めてしまった。
いつもは仲の良いふたりなのに、どうしたんだろう。「神様の命令だ」とか「どうしてイサクが」という声が聞こえてきた。
そのうち、ふたりとも静かになった。ふたりでお祈りを始めたようだった。そしてボクはそのまま眠ってしまった。
 朝はやく、お父さんがボクを起こしに来た。普段はお母さんが起こしてくれるのにどうしたんだろう。
お父さんは、なぜか旅支度をしていて、目は真っ赤だった。もしかしたらあれから寝ていないのかもしれない。そしてボクにこう言った。
「イサク、これからいっしょにモリヤの山に行く。そして神様に全焼のいけにえをささげるのだ。はやく着替えて、出かける支度をしなさい。」
ボクは不思議に思ったけど、お父さんの顔があまりにも真剣なので、何も尋ねることができなかった。
外に出て井戸の水で顔を洗い、旅支度をしているあいだ、お父さんは薪を割っていた。きっとあれは、いけにえに火をつけるためのものなのだろう。そして準備ができたボクたちは、モリヤの山に向かって出発した。
お母さんは、ぼくとお父さんが出かけるときにはいつも見送ってくれるのに、今日は出てこなかった。やっぱりお父さんとけんかしたのかな。
 モリヤの山までの三日のあいだ、お父さんはいつもより元気で、よくしゃべっていた。
連れの人たちに冗談を言って笑わせたり、ボクには、昔お母さんと出会ったときのこととか色々話してくれた。
だけどボクにはわかる。お父さんは何かを隠している。でもそれは、ボクたちを心配させないためなんだ。
お父さんの話が止まったとき、目に涙が浮かんでいるのが見えた。
でもお父さんはボクの視線に気づくと、また顔をくしゃくしゃにさせて、涙も皺の中に隠してしまった。

3.
 三日後、モリヤの山が遠くに見えると、お父さんは連れの人たちを振り返って、こう言った。
「あなたがたは、ろばといっしょに、ここに残っていなさい。私と子どもとはあそこに行き、礼拝をして、あなたがたのところに戻って来る」。
お父さんは、今まで自分が背負っていた薪を降ろして、ボクに背負わせてくれた。
ボクにはまだ重かったけれど、お父さんがさっきまでこれを背負っていたんだと思うと、なんだかうれしくなった。
お父さんはかわりに、いけにえを切り裂くための小刀と、火打石、そしてたいまつを手に取った。
そしてボクたちは、連れの人たちに手を振ると、ふたりでモリヤへの道を登っていったんだ。
 山までの道は険しくて、枝が邪魔をしている。お父さんはボクの前を歩き、刀で枝を切って、道を作ってくれた。
でも今まではあんなにおしゃべりだったのに、いまはずっと黙っている。ボクはお父さんの背中を見つめながら、後ろについていった。
目には見えないけれども、お父さんが何かとてつもなく重い荷物を背負っているのがボクにはわかった。
お父さんは歩きながら、それと戦っている。お父さん、お父さんはいったい何を背負っているの
ボクはつい我慢できなくて、「お父さん」と話しかけてしまった。お父さんはぶっきらぼうに、「何だ。イサク」と答えた。
ボクはそこで、聞いてはいけないとさっきまで思っていたのに、ついうっかり聞いてしまった。
「火とたきぎはありますが、全焼のいけにえのための羊は、どこにあるのですか。」
するとお父さんは振り向かないでこう答えた。「イサク。神ご自身が全焼のいけにえの羊を備えてくださるのだ。」
それきりボクたちはまた黙りこんでしまった。
でもボクは、お父さんがこの短い会話の中で、「イサク」と二度も僕の名前を呼んでくれたことがうれしかった。
やっぱりそうだ。お父さんは何かを隠してるんじゃない。とてつもなく大きな、何かを背負っているんだ。
子どものボクにはそれが何か、まだよくわからない。けれど、お父さんはボクのことをいつも心配してくれている。
そしてお父さんがいつも「お父さん」と呼んで祈っている、天の神様も、お父さんのことをいつも心配してくれている。

4.
 頂上に着いた。大きな石が転がっている以外は、ヤブくらいしかない、何もないところだった。
お父さんは大きな石を組み合わせて祭壇を築いた。お父さんの手が震えている。全焼のいけにえにする動物はどこにもいない。
でもボクは途中から気づいていた。ボクがそのいけにえなんじゃないか、って。
たとえそうだとしても、ボクはお父さんを信じる。お父さんの手にもった小刀が、ボクに心臓を突き立てるその時まで、ボクはお父さんを信じる。
お父さんが、お父さんのお父さんである神様を信じているのと同じくらい、ボクはお父さんを信じるし、お父さんのお父さんである神様を信じたい。
お父さんはボクを縛って、祭壇の上のたきぎの上に寝かせた。
お父さんが悲しい目をしながら、ボクの上で小刀を掲げた。ボクは思わず目をつむった。
 でも、小刀は振り下ろされなかった。いや、振り下ろされたけど、何かがぎりぎりでそれをとどめたのが、ボクにもわかった。
それは目には見えないけれど、強い力だった。そして天から大きな、大きな声がした。
「あなたの手を、その子に下してはならない。その子に何もしてはならない。
今、わたしは、あなたが神を恐れることがよくわかった。あなたは、自分の子、自分のひとり子さえ惜しまないでわたしにささげた。」

 遠くの方でがさがさいう音がする。お父さんは僕を縛っていた縄をほどいて祭壇から降ろすと、そっちのほうへ走って行った。
そしてりっぱな角をした雄羊を連れてきた。雄羊はまったく暴れないでお父さんに縛られて、そしていけにえにささげられた。
ボクもお父さんといっしょに神様の前にひざまずいた。この雄羊は、ボクの代わりに神様が用意してくださったにちがいない。
山を下りる帰り道、お父さんはあの後、神様からいただいたという約束を話してくれた。そしてこう言った。
「イサク、お前から生まれる子どもたちは、空の星、海辺の砂のように増え広がる、と神様はご自分にかけて約束してくださったんじゃ。
そして地のすべての国々はお前の子孫を通して祝福を受ける、とな。だから何があっても、神様への感謝を忘れてはならんぞ」。
ボクが、もう耳にたこができるほど聞いたという身振りで答えると、お父さんはにっこり笑った。
 皺だらけの顔がもっと皺だらけになって目が隠れてしまう、いつもの笑顔だった。

posted by 近 at 13:10 | Comment(0) | 2017年のメッセージ
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