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2019.5.12「神の都を待ち望む」(黙21:22-22:5)

 こんにちは、豊栄キリスト教会牧師の近 伸之です。
高校から社会人時代にかけて、私の信仰を導いてくれた、元牧師夫人がさる5月9日深夜に急逝しました。満79歳でした。
ある事情で、半年前から豊栄教会の礼拝に出席していましたが、その背後にはとてつもなく深刻な事情があったことを聞いています。
どちらかというと口数の少ない人でしたので、誤解されることもあったでしょう。しかしその少ない言葉には重みがありました。
多くの教師たちが晩節を汚す言動を繰り返す中で、最後まで主にさばきをゆだねて自らは多くを語らない、立派な生涯でした。
葬儀は先日、私が司式をさせていただきました。いずれ、写真と共に詳しく報告させていただきます。週報はこちらです。

聖書箇所 『ヨハネの黙示録』21章22節−22章5節


1.
 客会員としてこの半年間、ご主人と一緒に礼拝に出席されていた長谷部芳江姉が、先週の半ば、天に召されました。
夜中にご主人から電話を受け、急きょ搬送先の病院に駆けつけましたが、すでに息を引き取られた後でした。
ご本人および遺族の要望により、私が葬儀の司式を行わせていただくこととなり、山の下福音教会の先生方からも了解を頂きました。
先週の日曜日には、いつものように礼拝に出席され、お気をつけて、また来週、と声をかけて送り出した姉妹の亡骸を前にしたとき、
もちろんそういうことは、人並みに生きていれば、必ず経験することなのですが、あまりにも突然すぎて、涙も出てきませんでした。
 以前、長谷部姉から、もし私が亡くなったときには、葬儀は近先生か、長女の夫である下山田先生に司式してほしいと言われました。
それは次女である長谷部愛実先生がまだ山の下の牧師であったときのことだったので、愛実先生でいいのでは、と冗談でかわしましたら、
愛実は情が深いのでおそらく号泣してしまって司式にならない、だから近先生か下山田先生が適任だろう、と言われました。
私も下山田先生も、情のない牧師に見られているのかと思いましたが、それが彼女のユーモアだったのだろうと思います。

 さて、イエスさまはかつて弟子たちに、「わたしの父の家には住まいがたくさんあります」と言われました。
このヨハネの黙示録の最後には、私たちに約束されている神の国がひとつのイメージとして示されています。
イメージ、と言ったのは、永遠無限の神にふさわしい都は、決して人間の常識や感覚で捉えきれるものではないからです。
それでもあえて計算してみるならば、この神の都は、一辺が約2200キロメートルの角砂糖のような形と記されています。
ここに地球の総人口よりやや多い、100億人が入ったら、一人あたりの居住スペースはどれくらいになるでしょうか。
計算したら、幅1キロ、奥行1キロ、天上までの高さ1キロのワンルームに住める計算になります。しかしこんな計算は意味がありません。
永遠無限の神にふさわしい都が、人間が計算できるような枠にとらわれることは決してないからです。
都の大きさにせよ、その城門や土台を彩るさまざまな種類の宝石にせよ、それは現実のものというよりも、ある一つの真理を伝えています。
神の都は、神の子どもとされた私たちのために、神があらゆる富を惜しみなく使って用意した、永遠無限の愛が溢れたところなのです。
そしてイエス・キリストを信じた者たちには、この永遠の都に入る資格が与えられています。
どんなに自分をこの都にふさわしくないと思っても、キリストが私の身代わりとなったゆえに、私たちは神の都の住民票が保証されているのです。

2.
 ちょっと古い話ですが、私が生まれた頃、森進一が歌う「襟裳岬」が大ヒットしました。
私も歌ったことはありませんが、この歌のサビの部分で「襟裳の春は何もない春です」ということばが出て来るそうです。
当初、町民の一部は「何もない春とは何事か」とカンカンに怒ったそうですが、この歌が大ヒットしたので、襟裳岬に歌碑を作りました。
何が言いたいかと言うと、「神の都は何もない都です」。
太陽がありません。月がありません。夜がありません。すべての汚れ、憎しみ、偽り、のろわれるものが何もありません。
驚かされるのは、地上の私たちにとって、何よりも大切と思われる神殿さえそこにはないということです。
地上にあふれる悲しみや偽りだけでなく、地上においてもっともよいものと思われる神殿でさえ、そこにはありません。
神ご自身とイエス・キリストが神殿なので、この都には必要ない、というのです。
 私たちの想像、常識を超えて、圧倒的な喜びに満ちた、まったく知らない世界がそこにはあります。
それに比べて、この世はそこがどんなに居心地のよい所に最初思えたとしても、一皮むけば、失望することばかりです。
悲しいことですが、教会でさえ、そしてクリスチャンでさえ、例外ではないのです。
先日天に召された長谷部姉も、そのキリストに傾けた生涯にかかわらず、晩年は傷ついて生きていかなければなりませんでした。
 ここで私と長谷部姉のことを言えば、私が山の下福音教会に導かれたときの牧師夫人でした。
ご主人の長谷部先生、現在は引退されて長谷部兄ですが、人当たりの良い彼の持ち味も、頑なだった私の心は慰めを受けました。
しかし実際に私を信仰者として訓練してくれたのは、牧師夫人である芳江姉のほうでした。
今からちょうど20年前、私が役所を辞めて神学校に行くか、それとも仕事を続けながら信徒として教会を支えていくか悩んでいたときのことです。
祈祷会が終わった後に、牧師夫人に相談しました。そうねえ、何がみこころかしら、と一緒に悩んでほしかったのですが、彼女はきっぱり、
私たち教会員はとっくの昔にあなたを神にささげたのだから、当のあなたがいつまでもぐずぐずしてんじゃないわよ、
そう言って半ば追い出されるかたちで神学校へ行きました。ご本人は、そんなひどいこと言わないと思うけど、と言っていましたが、
彼女を知る人たちはみな口を揃えて、いや、芳江先生なら言いそうだね、と頷きます。

3.
 厳しさと優しさが同居しているような人でした。そして弱さをみじんにも感じさせない、強い人でした。
しかし今から半年前、彼女から弱々しい声で電話がありました。
近い将来、豊栄の礼拝に出席させていただきたいので役員会でおゆるしいただきたい、自分たちにはほかに行く場所がない、と。
驚きました。どんな時にも自分の教会を離れてはいけないと指導していた姉妹に、そこまで言わしめさせたものは何なのか。
それは当事者にしかわからないし、知っていたとしても説教で語るべきものではないでしょう。
しかしそのとき、初めて彼女の中に弱さを見ました。役員会だけでなく、山の下教会の主任牧師に報告して、了解を得ました。
礼拝ぎりぎりに来て、終わったらすぐに帰るという礼拝生活でした。
彼女が私を指導してくれた十年間に比べたら、半年という期間はあまりにも短いものでした。しかし私にとっては幸いな時間でした。
 この地上には痛みが満ちています。それは神の国の前味と呼ばれる教会や、クリスチャン同士の中でさえ例外ではありません。
しかし神は、それでもなお私たちに生きよと命じておられ、神の都に入るその時まで、生き続けよと励ましておられます。
22章に進むと、この都の中心にはいのちの水の川が流れ、さらにその両岸にはいのちの木が並んでいると描かれています。
そこにはまことのいのちが溢れています。
もちろん私たちは地上でいのちを受け取っています。しかしそれは不完全なものです。
心はどんなに燃えていても、からだは弱い。神に贖われた聖徒同士でさえ、いがみ合うような現実があります。
しかしこの都で、私たちは本当の和解があり、本当の慰めを頂くことができます。
賛美は止まることなく、喜びは尽きることがありません。疲れを知らず、眠りを欲することなく、常に神と交わる生活が神の都には待っています。
ひとり一人が王であり、キリストとともに永遠に生きる、それはことばに言い尽くすことのできない平和と平安です。
 この世では、昨日まで会話を交わしていた人を突然失うということがあります。
しかしクリスチャンにとっての幸いは、必ず永遠の都でお会いすることができるということです。
そして地上では仮にいがみ合っていたような関係だったとしても、その都では、私たちは完全なゆるしといやしの中で愛し合うことができます。
私たちにとって、この地上での信仰生活は訓練期間であると共に、用意された恵みを前もって味わうことのできる時でもあります。
心から感謝して歩んでいきましょう。

posted by 近 at 21:20 | Comment(0) | TrackBack(0) | 2019年のメッセージ
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