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2021.3.14主日礼拝説教「強いられた恵み」(ルカ23:26)


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1.
 イスラエルにあるエルサレムの町には、聖書にちなんだ観光名所がたくさんありますが、ヴィア・ドロローサというのもその一つです。
「悲しみの道」という意味のラテン語ですが、イエス・キリストが十字架を背負いながら死刑場にまで歩いて行ったルートをこう呼んでいます。
ローマ兵の詰め所があったアントニオ要塞の跡地から始まり、ゴルゴタの丘があったと言われる場所へ向かうその道の長さは、約500メートル。
ある観光客が、意外と短いね、と言ったら、ガイドさんが、では次来られる時には、十字架を用意しておきましょうか、と言ったそうです。
自分が磔にされる十字架を背負いながら死刑場まで歩んでいく500メートルの道。
それはどんな猛者でも音を上げてしまう苦しさであり、これ自体が十字架刑の一部でありました。
クレネ人シモンが十字架を背負わされたのは、おそらくそれまで十字架を背負ってきたイエス様の力が尽きてしまったことがあったのでしょう。
それは、ゲツセマネでの祈りの格闘、不法な裁判、むち打たれ、十字架を背負わされる、という体力・気力の限界ということだけではありません。
イエス様の十字架は、同じように十字架刑に定められた他の死刑囚たちとは明らかに意味が異なっていました。
それは、決して罪を犯すことのないお方が、すべての人の罪を背負い、人からは拒絶され、神からは見捨てられるという、のろいそのものでした。
体力・気力が限界に達していたというよりは、イエスが背負われた十字架には、どんな屈強な者さえも押しつぶしてしまうものでした。
イエスが背負われていたものの、とてつもない大きさと重さを、私たちは決して理解することができないでしょう。
それはただ、信仰によってのみ受け止めることができるものです。シモンが背負った十字架は、イエスの背負った苦しみのごくわずか一部でした。
しかしそれでもなお、この経験を通してシモンの人生は変わりました。このシモンに起きたのと同じことが、私たちのうえにも起こります。
この説教が終わるとき、私たちの中に、十字架を背負って生きることがまさに恵みなのだということをおぼえることができるように、と願います。

2.
 このシモンは、クレネ人であったと書かれています。クレネとは、現在のアフリカ北部にあるリビアという国にあった、古代都市です。
ここは、イエス様の時代よりも何百年も昔からギリシャ文化が発展し、「アフリカのアテネ」と呼ばれた、多くの哲学者を生みだした町でした。
このシモンのように、ユダヤ人であるけれども、先祖が国外に散らされて外国で生まれ育った人々は、ディアスポラと呼ばれます。
彼らはふだんは外国人の中で生活していましたが、過越の祭りの時にはエルサレムに上って、礼拝をささげていました。
しかしクレネは、エルサレムから二千キロ、とても毎年行けるような距離ではありません。シモンはイエスのことを聞いたことはなかったでしょう。
ディアスポラにとって憧れであるエルサレム巡礼の旅。いよいよ過越祭が始まる日の朝、街を歩いているとたくさんの人だかり。
何事かと近づいてみたら、たまたま兵士に捕まえられ、イエスという死刑囚の代わりに十字架を背負わされた。まったくなんて朝だ。

 私たちの人生にも、良くも悪くも「たまたま」が満ちています。人はその「たまたま」を自分で評価して「運がよかった」「悪かった」と言います。
しかし人から見れば「たまたま」でも、それはこの世界が造られる前から私たちのために用意されていた、神のご計画に他なりません。
クレネからはるばるやって来たシモンからすれば、兵士からむりやり十字架を背負わされて、そこで神に感謝、とは行かなかったでしょう。
しかし神は、この世界のすべてを創造し、支配しておられる方であり、あらゆる人々を用いて、ご自分の計画を成し遂げられます。
この世には、たまたまは存在しません。私がいる、あなたがいる、あらゆる人がおり、あらゆることが起こる。そのすべてに神のご計画があります。
この世界には、神にとって想定外のことは何一つない。人の目にはどんなに悪く見える事柄に対しても、そこには神しか知らないものがある。
人生に起きる一つひとつの出来事の背後に、神さまのみこころを認めることができる人は、突然のアクシデントの中でも動じることがありません。
神のご計画の中に突然はないし、うっかり神の手が滑ったということもない。この出来事の中で、自分がどう生きるかを神は見つめておられる。
だから私は、神のみこころは何か、私に何を求めておられるかを思い巡らそう。そのように考えることのできる人は幸いです。
決して失望することがありません。そして神がシモンに与えられたこの出来事も、彼を信仰へと導くためであったということさえできるのです。

3.
 聖書の中に、シモン自身がイエス・キリストを信じたというはっきりした記述はありません。
しかしある学者は、パウロとバルナバを送り出したアンティオキア教会のひとり、「ニゲルと呼ばれるシメオン」が後の彼ではないかと言います。
「ニゲル」とは英語で黒人を表す「二グロ」の語源、北アフリカ出身のシモンがその日焼けした肌の色からあだ名をつけられたのではないか、と。
面白い説ではありますが、確実ではありません。しかしシモンの家族については、信仰を持ったはっきりとした証拠が記されています。
イエスが十字架につけられた年から数十年後に書かれた、マルコの福音書では、シモンは「アレクサンドロとルフォスの父」と紹介されています。
それまで一切登場していないこの二人の名前が突然、記されるのは、シモンの息子である彼らが、読者によく知られていた信者だからでしょう。
さらにローマ人への手紙の最後では、このルフォスと、その母、つまりシモンの妻に対してパウロが「私の母」と呼びかけるくだりがあります。
シモンが信仰を持ったかどうかは定かではありませんが、彼の二人の息子たちも、彼の奥さんも、教会でよく知られた信者となりました。
はっきりと書いてはいなくても、シモンが信じたことから始まった恵みと考えるのが自然でしょう。
それは彼がむりやり十字架を背負わされたことから始まりました。クリスチャンのあいだで知られた言葉で言えば、「強いられた恵み」です。
彼が求めた救いではなく、強制的な主との関わりでした。しかしその強いられた恵みを通して、彼もその家族も祝福に入れられたのです。

 19世紀、アメリカ大陸の先住民族、いわゆるインディアンに伝道を志した、デビッド・ブレイナードの伝記にこういうものがあります。
ブレイナードはインディアンの言葉を学ぶチャンスがないままに、アメリカに渡りました。
インディアンも彼への警戒心を崩さず、彼は数ヶ月間、言葉を学ぶことができなかったそうです。
しかし彼は言葉が学べない代わりに、森の中でひたすら神に祈りました。
そしてとうとう、ある夜の酒場、インディアンたちの前に立つ機会が与えられました。ところがブレイナードは言葉がわからず、通訳もいません。
そこにいた中で英語が話せるのは、立つこともできない、一人の飲んだくれだけでした。しかしブレイナードは彼を指名しました。
そしてこの飲んだくれがまるでくだを巻くような、ろれつの回らない、片言のことばでブレイナードの説教を伝えました。すると何が起きたでしょうか。
通訳と呼ぶにはおこがましい貧弱な言葉と、それを聞くインディアンたちの心に聖霊が働き、人々がイエスを救い主と信じたのです。
この飲んだくれの言葉を用いたのはブレイナードではなく、神です。それはまさにこの飲んだくれにとって、強いられた恵みでした。
この時までイエスを知らなかったシモンもまた、十字架をむりやり背負わせられたことを通して、彼と同じように強いられた恵みを経験しました。

結.
 十字架をわずかだけ背負った彼にそれだけの恵みが与えられたのです。もしそうであれば、私たちがわずかではなく、これからの生涯、
十字架を背負っていこうと心から願うならば、いったい何が待っているでしょうか。それは、私たちの想像を超えた恵みであることは確かです。
たしかに十字架を背負うことは、口笛を吹いていける生易しいものではありません。しかし神が賜る苦しみには必ず報いがついてきます。
イエスは言われました。「だれでも私に従って来たいと思うなら、おのおのが自分の十字架を背負って、わたしにについて来なさい」。
そこには、この世の価値観や、欲望を満たす生き方との葛藤、戦いがあります。家族さえも敵となるということさえあるとイエスは言われました。
もしかしたらシモンも一時的にはそれを経験したかもしれません。しかしそれでも彼の家族はやがてイエスを信じたのです。
十字架のために私たちが自分の持てるものを差し出すならば、それ以上のものを神は報いてくださるのです。
イエス・キリストは人々にこう語られました。あなたに1ミリオン行けと強いる者とは、2ミリオン一緒に行きなさい、と。
わずかのあいだ十字架を背負わされたシモンが、イエスに出会った後も、自分の十字架を背負い続けて恵みをいただきました。
私たちもまた、わずかではなく生涯、十字架を背負わせてくださいと願っていくならば、神はそれにふさわしい恵みをくださいます。
この世での報いは、それがどんなものであれ、わずかなものです。しかしイエスに従い通した者には、天に溢れるばかりの報いがあります。
どうかそれを受け取っていただきたいと願います。

posted by 近 at 20:37 | Comment(0) | TrackBack(0) | 2021年のメッセージ
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