最近の記事

2015.3.22「あなたもいっしょにいましたね」

 今日は、同じ同盟教団・新潟山形宣教区に所属する山の下福音教会との講壇交換でした。
じつは山の下は私の出身教会であり、教会に導かれた当時、今日の説教者である長谷部愛実牧師のお父様が牧会をされていました。
そんなこともあって、今でも親しい関係にある教会です。私も懐かしい方々との交わりをいただいて、帰って来ました。
週報はこちらです。

聖書箇所 マタイの福音書26:69-75
 69 ペテロが外の中庭にすわっていると、女中のひとりが来て言った。「あなたも、ガリラヤ人イエスといっしょにいましたね。」
70 しかし、ペテロはみなの前でそれを打ち消して、「何を言っているのか、私にはわからない」と言った。
71 そして、ペテロが入口まで出て行くと、ほかの女中が、彼を見て、そこにいる人々に言った。「この人はナザレ人イエスといっしょでした。」
72 それで、ペテロは、またもそれを打ち消し、誓って、「そんな人は知らない」と言った。
73 しばらくすると、そのあたりに立っている人々がペテロに近寄って来て、「確かに、あなたもあの仲間だ。ことばのなまりではっきりわかる」と言った。
74 すると彼は、「そんな人は知らない」と言って、のろいをかけて誓い始めた。するとすぐに、鶏が鳴いた。
75 そこでペテロは、「鶏が鳴く前に三度、あなたは、わたしを知らないと言います」とイエスの言われたあのことばを思い出した。そうして、彼は出て行って、激しく泣いた。

posted by 近 at 18:00 | Comment(0) | 2015年のメッセージ

2015.3.15「追放よりも解放を」

 私たちの教会では、毎月第3日曜日に、あるキリスト教系の老人福祉施設に慰問に行っています。
ただの慰問じゃありませんよ。牧師のメッセージをプロジェクターでホワイトボードに映して、お年寄りの心をグッとつかみます。
もっとも本当にグッとつかんでいるのは、その後のプレゼント争奪じゃんけん大会のほうですが。
今日は「瀧 廉太郎はクリスチャンで、外国の賛美歌には『荒城の月』のメロディーが使われているものもある」という話をしました。
ところが肝心の、その動画がプロジェクターに映らない。何とか言い訳して事なきを得ましたが、せっかく準備したので、リンクを貼っておきます。
ベルギーのシュヴトーニュ修道院で1986年から歌われている「ケルビム賛歌」です。週報はこちらです。



聖書箇所 ルカの福音書4:31-44
 31 それからイエスは、ガリラヤの町カペナウムに下られた。そして、安息日ごとに、人々を教えられた。32 人々は、その教えに驚いた。そのことばに権威があったからである。33 また、会堂に、汚れた悪霊につかれた人がいて、大声でわめいた。34 「ああ、ナザレ人のイエス。いったい私たちに何をしようというのです。あなたは私たちを滅ぼしに来たのでしょう。私はあなたがどなたか知っています。神の聖者です。」35 イエスは彼をしかって、「黙れ。その人から出て行け」と言われた。するとその悪霊は人々の真ん中で、その人を投げ倒して出て行ったが、その人は別に何の害も受けなかった。36 人々はみな驚いて、互いに話し合った。「今のおことばはどうだ。権威と力とでお命じになったので、汚れた霊でも出て行ったのだ。」37 こうしてイエスのうわさは、回りの地方の至る所に広まった。
 38 イエスは立ち上がって会堂を出て、シモンの家に入られた。すると、シモンのしゅうとめが、ひどい熱で苦しんでいた。人々は彼女のためにイエスにお願いした。39 イエスがその枕もとに来て、熱をしかりつけられると、熱がひき、彼女はすぐに立ち上がって彼らをもてなし始めた。
 40 日が暮れると、いろいろな病気で弱っている者をかかえた人たちがみな、その病人をみもとに連れて来た。イエスは、ひとりひとりに手を置いて、いやされた。41 また、悪霊どもも、「あなたこそ神の子です」と大声で叫びながら、多くの人から出て行った。イエスは、悪霊どもをしかって、ものを言うのをお許しにならなかった。彼らはイエスがキリストであることを知っていたからである。
 42 朝になって、イエスは寂しい所に出て行かれた。群衆は、イエスを捜し回って、みもとに来ると、イエスが自分たちから離れて行かないよう引き止めておこうとした。43 しかしイエスは、彼らにこう言われた。「ほかの町々にも、どうしても神の国の福音を宣べ伝えなければなりません。わたしは、そのために遣わされたのですから。」
 44 そしてユダヤの諸会堂で、福音を告げ知らせておられた。

続きを読む
posted by 近 at 18:00 | Comment(0) | 2015年のメッセージ

2015.3.8「みことばは誰がために」

 3.11が忘れられない日付になってから四度目になります。
教団から「東日本大震災から四年を迎えての私たちの祈り」が送付され、今日の礼拝の中で交唱しました。
ある被災者が「一番つらいのは忘れられていくこと」と言っていたことを思い出します。
言葉が浮かびませんが、ただ主の慰めと励ましがありますように。週報はこちらです。

聖書箇所 ルカの福音書4:14-30
 14 イエスは御霊の力を帯びてガリラヤに帰られた。すると、その評判が回り一帯に、くまなく広まった。
15 イエスは、彼らの会堂で教え、みなの人にあがめられた。
 16 それから、イエスはご自分の育ったナザレに行き、いつものとおり安息日に会堂に入り、朗読しようとして立たれた。
17 すると、預言者イザヤの書が手渡されたので、その書を開いて、こう書いてある所を見つけられた。
18 「わたしの上に主の御霊がおられる。主が、貧しい人々に福音を伝えるようにと、わたしに油をそそがれたのだから。
 主はわたしを遣わされた。捕らわれ人には赦免を、盲人には目の開かれることを告げるために。しいたげられている人々を自由にし、
19 主の恵みの年を告げ知らせるために。」
20 イエスは書を巻き、係りの者に渡してすわられた。会堂にいるみなの目がイエスに注がれた。
21 イエスは人々にこう言って話し始められた。「きょう、聖書のこのみことばが、あなたがたが聞いたとおり実現しました。」
22 みなイエスをほめ、その口から出て来る恵みのことばに驚いた。そしてまた、「この人は、ヨセフの子ではないか」と彼らは言った。
23 イエスは言われた。「きっとあなたがたは、『医者よ。自分を直せ』というたとえを引いて、カペナウムで行われたと聞いていることを、あなたの郷里のここでもしてくれ、と言うでしょう。」
24 また、こう言われた。「まことに、あなたがたに告げます。預言者はだれでも、自分の郷里では歓迎されません。
25 わたしが言うのは真実のことです。エリヤの時代に、三年六か月の間天が閉じて、全国に大ききんが起こったとき、イスラエルにもやもめは多くいたが、
26 エリヤはだれのところにも遣わされず、シドンのサレプタにいたやもめ女にだけ遣わされたのです。
27 また、預言者エリシャのときに、イスラエルには、ツァラアトに冒された人がたくさんいたが、そのうちのだれもきよめられないで、シリヤ人ナアマンだけがきよめられました。」
28 これらのことを聞くと、会堂にいた人たちはみな、ひどく怒り、
29 立ち上がってイエスを町の外に追い出し、町が立っていた丘のがけのふちまで連れて行き、そこから投げ落とそうとした。
30 しかしイエスは、彼らの真ん中を通り抜けて、行ってしまわれた。

続きを読む
posted by 近 at 17:22 | Comment(0) | 2015年のメッセージ

2015.3.1「あなたは神のキリストです」

 昨年の秋頃から、地元のミッション系高校の生徒であるA君がずっと礼拝に出席してくださっていました。
県外のミッション系大学に進学するにあたり、キリスト教について学びたいということでしたが、合格も決まり、いよいよ新生活が始まります。
半年にわたって私たちの教会を励ましてくれたA君との別れを惜しみつつ、今日は彼の歓送会。
ややアクの強い(?)教会なので、キリスト教についてちゃんと学べたかどうか・・・・
A君、向こうのオーソドックスな教会で、さらにしっかりと学んでくださいね。週報はこちらです。

聖書箇所 ルカの福音書9:18-27
 18 さて、イエスがひとりで祈っておられたとき、弟子たちがいっしょにいた。イエスは彼らに尋ねて言われた。「群衆はわたしのことをだれだと言っていますか。」
19 彼らは、答えて言った。「バプテスマのヨハネだと言っています。ある者はエリヤだと言い、またほかの人々は、昔の預言者のひとりが生き返ったのだとも言っています。」
20 イエスは、彼らに言われた。「では、あなたがたは、わたしをだれだと言いますか。」ペテロが答えて言った。「神のキリストです。」
21 するとイエスは、このことをだれにも話さないようにと、彼らを戒めて命じられた。
22 そして言われた。「人の子は、必ず多くの苦しみを受け、長老、祭司長、律法学者たちに捨てられ、殺され、そして三日目によみがえらねばならないのです。」
23 イエスは、みなの者に言われた。「だれでもわたしについて来たいと思うなら、自分を捨て、日々自分の十字架を負い、そしてわたしについて来なさい。
24 自分のいのちを救おうと思う者は、それを失い、わたしのために自分のいのちを失う者は、それを救うのです。
25 人は、たとい全世界を手に入れても、自分自身を失い、損じたら、何の得がありましょう。
26 もしだれでも、わたしとわたしのことばとを恥と思うなら、人の子も、自分と父と聖なる御使いとの栄光を帯びて来るときには、そのような人のことを恥とします。
27 しかし、わたしは真実をあなたがたに告げます。ここに立っている人々の中には、神の国を見るまでは、決して死を味わわない者たちがいます。」

続きを読む
posted by 近 at 17:41 | Comment(0) | 2015年のメッセージ

2015.2.22「生きるために死ぬ」

 今日の午後は、教会総会でした。決して教会員と関係が悪いというわけではありませんが、やはり総会は緊張するものです。
礼拝説教にもすでに緊張がみなぎっているように思えるのは気のせいでしょうか。週報はこちらです。

聖書箇所 ヨハネの福音書12:23-26
 23 すると、イエスは彼らに答えて言われた。「人の子が栄光を受けるその時が来ました。
24 まことに、まことに、あなたがたに告げます。一粒の麦がもし地に落ちて死ななければ、それは一つのままです。しかし、もし死ねば、豊かな実を結びます。
25 自分のいのちを愛する者はそれを失い、この世でそのいのちを憎む者はそれを保って永遠のいのちに至るのです。
26 わたしに仕えるというのなら、その人はわたしについて来なさい。わたしがいる所に、わたしに仕える者もいるべきです。もしわたしに仕えるなら、父はその人に報いてくださいます。

続きを読む
posted by 近 at 18:00 | Comment(0) | 2015年のメッセージ

2015.2.15「心から進んで」

 風邪を引いてしまいました。朦朧としながらキーボードを叩いています。皆さんもくれぐれもお気をつけください。週報はこちらです。

聖書箇所 出エジプト記35:1-29
 1 モーセはイスラエル人の全会衆を集めて彼らに言った。「これは、【主】が行えと命じられたことばである。2 六日間は仕事をしてもよい。しかし、七日目には、【主】の聖なる全き休みの安息を守らなければならない。この日に仕事をする者は、だれでも殺されなければならない。3 安息の日には、あなたがたのどの住まいのどこででも、火をたいてはならない。」
 4 モーセはイスラエル人の全会衆に告げて言った。「これは、【主】が命じて仰せられたことである。5 あなたがたの中から【主】への奉納物を受け取りなさい。すべて、心から進んでささげる者に、【主】への奉納物を持って来させなさい。すなわち、金、銀、青銅、6 青色、紫色、緋色の撚り糸、亜麻布、やぎの毛、7 赤くなめした雄羊の皮、じゅごんの皮、アカシヤ材、8 燈油、そそぎの油とかおりの高い香のための香料、9 エポデや胸当てにはめ込むしまめのうや宝石である。
 10 あなたがたのうちの心に知恵のある者は、みな来て、【主】が命じられたものをすべて造らなければならない。11 幕屋、その天幕と、そのおおい、その留め金とその板、その横木、その柱と、その台座、12 箱と、その棒、『贖いのふた』とおおいの垂れ幕、13 机と、その棒とそのすべての用具と供えのパン、14 燈火のための燭台と、その用器とともしび皿と、燈火用の油、15 香の壇と、その棒とそそぎの油とかおりの高い香と幕屋の入口につける入口の垂れ幕、16 全焼のいけにえの祭壇とそれに付属する青銅の格子、その棒とそのすべての用具、洗盤と、その台、17 庭の掛け幕、その柱とその台座と庭の門の垂れ幕、18 幕屋の釘と庭の釘と、そのひも、19 聖所で仕えるための式服、すなわち、祭司アロンの聖なる装束と、祭司として仕える彼の子らの装束である。」
 20 イスラエル人の全会衆は、モーセの前から立ち去った。21 感動した者と、心から進んでする者とはみな、会見の天幕の仕事のため、また、そのすべての作業のため、また、聖なる装束のために、【主】への奉納物を持って来た。22 すべて心から進んでささげる男女は、飾り輪、耳輪、指輪、首飾り、すべての金の飾り物を持って来た。金の奉献物を【主】にささげた者はみな、そうした。23 また、青色、紫色、緋色の撚り糸、亜麻布、やぎの毛、赤くなめした雄羊の皮、じゅごんの皮を持っている者はみな、それを持って来た。24 銀や青銅の奉納物をささげる者はみな、それを【主】への奉納物として持って来た。アカシヤ材を持っている者はみな、奉仕のすべての仕事のため、それを持って来た。25 また、心に知恵のある女もみな、自分の手で紡ぎ、その紡いだ青色、紫色、緋色の撚り糸、それに亜麻布を持って来た。26 感動して、知恵を用いたいと思った女たちはみな、やぎの毛を紡いだ。27 上に立つ者たちはエポデと胸当てにはめるしまめのうや宝石を持って来た。28 また、燈火、そそぎの油、かおりの高い香のためのバルサム油とオリーブ油とを持って来た。29 イスラエル人は、男も女もみな、【主】がモーセを通して、こうせよと命じられたすべての仕事のために、心から進んでささげたのであって、彼らはそれを進んでささげるささげ物として【主】に持って来た。

続きを読む
posted by 近 at 18:00 | Comment(0) | 2015年のメッセージ

2015.2.8「大切なのは、主の教え」

 週報はこちらです。

聖書箇所 使徒の働き13:1-12
 1 さて、アンテオケには、そこにある教会に、バルナバ、ニゲルと呼ばれるシメオン、クレネ人ルキオ、国主ヘロデの乳兄弟マナエン、サウロなどという預言者や教師がいた。2 彼らが主を礼拝し、断食をしていると、聖霊が、「バルナバとサウロをわたしのために聖別して、わたしが召した任務につかせなさい」と言われた。3 そこで彼らは、断食と祈りをして、ふたりの上に手を置いてから、送り出した。
 4 ふたりは聖霊に遣わされて、セルキヤに下り、そこから船でキプロスに渡った。5 サラミスに着くと、ユダヤ人の諸会堂で神のことばを宣べ始めた。彼らはヨハネを助手として連れていた。6 島全体を巡回して、パポスまで行ったところ、にせ預言者で、名をバルイエスというユダヤ人の魔術師に出会った。7 この男は地方総督セルギオ・パウロのもとにいた。この総督は賢明な人であって、バルナバとサウロを招いて、神のことばを聞きたいと思っていた。8 ところが、魔術師エルマ(エルマという名を訳すと魔術師)は、ふたりに反対して、総督を信仰の道から遠ざけようとした。9 しかし、サウロ、別名でパウロは、聖霊に満たされ、彼をにらみつけて、10 言った。「ああ、あらゆる偽りとよこしまに満ちた者、悪魔の子、すべての正義の敵。おまえは、主のまっすぐな道を曲げることをやめないのか。11 見よ。主の御手が今、おまえの上にある。おまえは盲目になって、しばらくの間、日の光を見ることができなくなる」と言った。するとたちまち、かすみとやみが彼をおおったので、彼は手を引いてくれる人を捜し回った。12 この出来事を見た総督は、主の教えに驚嘆して信仰に入った。

続きを読む
posted by 近 at 16:00 | Comment(0) | 2015年のメッセージ

2015.2.1「責任とは目を離さないこと」

 イスラム国による日本人拘束事件の犠牲者となられた、お二人のご冥福をお祈りいたします。
残されたご遺族の上に、主の慰めがありますように。ただ、みこころが地の上になされますように。
週報はこちらです。

聖書箇所 マタイの福音書4:12-22
 12 ヨハネが捕らえられたと聞いてイエスは、ガリラヤへ立ちのかれた。
13 そしてナザレを去って、カペナウムに来て住まわれた。ゼブルンとナフタリとの境にある、湖のほとりの町である。
14 これは、預言者イザヤを通して言われた事が、成就するためであった。すなわち、
15 「ゼブルンの地とナフタリの地、湖に向かう道、ヨルダンの向こう岸、異邦人のガリラヤ。
16 暗やみの中にすわっていた民は偉大な光を見、死の地と死の陰にすわっていた人々に、光が上った。」
  17 この時から、イエスは宣教を開始して、言われた。「悔い改めなさい。天の御国が近づいたから。」
  18 イエスがガリラヤ湖のほとりを歩いておられたとき、ふたりの兄弟、ペテロと呼ばれるシモンとその兄弟アンデレをご覧になった。彼らは湖で網を打っていた。漁師だったからである。
19 イエスは彼らに言われた。「わたしについて来なさい。あなたがたを、人間をとる漁師にしてあげよう。」
20 彼らはすぐに網を捨てて従った。
21 そこからなお行かれると、イエスは、別のふたりの兄弟、ゼベダイの子ヤコブとその兄弟ヨハネが、父ゼベダイといっしょに舟の中で網を繕っているのをご覧になり、ふたりをお呼びになった。
22 彼らはすぐに舟も父も残してイエスに従った。

続きを読む
posted by 近 at 20:00 | Comment(0) | 2015年のメッセージ

2015.1.25「長い苦しみ、短い言葉」

こんにちは。今日の愛餐会では映画『サン・オブ・ゴッド(Son of God)』の話題で持ちきりでした。
『パッション』とはまた違った魅力があり、特に人物描写に長けているとのことです。
とはいえ、あまり万人受けする映画ではないので、上映期間も短かいようです。
新潟では今週の金曜日で上映が終了してしまうので、まだの方は(自分も)急いでご鑑賞ください。週報はこちらです。

聖書箇所 ヨハネの福音書5:1-9a
 1 その後、ユダヤ人の祭りがあって、イエスはエルサレムに上られた。
2 さて、エルサレムには、羊の門の近くに、ヘブル語でベテスダと呼ばれる池があって、五つの回廊がついていた。
3 その中に大ぜいの病人、盲人、足のなえた者、やせ衰えた者たちが伏せっていた。
5 そこに、三十八年もの間、病気にかかっている人がいた。
6 イエスは彼が伏せっているのを見、それがもう長い間のことなのを知って、彼に言われた。「よくなりたいか。」
7 病人は答えた。「主よ。私には、水がかき回されたとき、池の中に私を入れてくれる人がいません。行きかけると、もうほかの人が先に降りて行くのです。」
8 イエスは彼に言われた。「起きて、床を取り上げて歩きなさい。」
9 すると、その人はすぐに直って、床を取り上げて歩き出した。

続きを読む
posted by 近 at 16:49 | Comment(0) | 2015年のメッセージ

2015.1.18「力によらず、奇跡によらず」

 こんにちは。昨日2015.1.17は、阪神淡路大震災からちょうど20年ということで、様々なメディアで特集が組まれていました。
地震が起きて逃げるとき、大事なことは「ブレーカーの電源を落としてから逃げる」ことだそうです。
それによって、震災時の出火を相当減らすことができるということです。うろ覚えですが。
ただ、地震が起きたとき、そこまで余裕のある行動ができる人というのは、あまりいないような気がします。
というか、ブレーカーって、何であんな高い所にあるのでしょうか。脚立がどこにあるか、探すのが大変です。
週報はこちらです。

聖書箇所 マタイの福音書4:1-11
 1 さて、イエスは、悪魔の試みを受けるため、御霊に導かれて荒野に上って行かれた。
2 そして、四十日四十夜断食したあとで、空腹を覚えられた。
3 すると、試みる者が近づいて来て言った。「あなたが神の子なら、この石がパンになるように、命じなさい。」
4 イエスは答えて言われた。「『人はパンだけで生きるのではなく、神の口から出る一つ一つのことばによる』と書いてある。」
5 すると、悪魔はイエスを聖なる都に連れて行き、神殿の頂に立たせて、
6 言った。「あなたが神の子なら、下に身を投げてみなさい。『神は御使いたちに命じて、その手にあなたをささえさせ、あなたの足が石に打ち当たることのないようにされる』と書いてありますから。」
7 イエスは言われた。「『あなたの神である主を試みてはならない』とも書いてある。」
8 今度は悪魔は、イエスを非常に高い山に連れて行き、この世のすべての国々とその栄華を見せて、
9 言った。「もしひれ伏して私を拝むなら、これを全部あなたに差し上げましょう。」
10 イエスは言われた。「引き下がれ、サタン。『あなたの神である主を拝み、主にだけ仕えよ』と書いてある。」
11 すると悪魔はイエスを離れて行き、見よ、御使いたちが近づいて来て仕えた。

続きを読む
posted by 近 at 18:00 | Comment(0) | 2015年のメッセージ