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教会アクセス



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アクセス

電車の場合

JR白新線豊栄駅南口を出て、駅前通りを南へ徒歩15分。「嘉山」交差点で右折してすぐ。
※駅に着きましたら、ご連絡頂ければお迎えに上がります。

自動車の場合

新々バイパス競馬場インターチェンジを降りて、豊栄市街方向へ約5km
日曜日のみ、近隣の「小飯塚医院」及び「かやま調剤薬局」に駐車できます。
日曜日以外は、月極駐車場の20番をご利用ください。
posted by 近 at 16:42 | Comment(0) | 教会案内

集会案内

日曜礼拝
毎週曜日 午前10:30〜12:00
讃美歌を歌い、祈り、聖書のメッセージを聞く心静まるひとときです。

祈り会
毎週水曜日 午後7:30〜9:00
聖書を学び、お祈りをささげるあたたかいひとときです。

教会学校
毎週曜日 午前9:00〜10:00
聖書のおはなしを聞き、歌やゲームを通して楽しみながら人格の基礎を培います。
幼児から小中高のおともだちが集います。

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初めて教会に来られる方へQ&A

Q 生活や行いを改めてから行ったほうがいいの?
 そのままのあなたを神さまは愛しておられます。あるがままの姿でおいでください。

Q 持ち物や服装は?
 礼拝で使うものはすべてお貸しいたします。服装も普段着でかまいません。

Q お金は必要?
 必要ありません。
 「献金」という礼拝プログラムがありますが財産の一部を信仰を持って神さまにお返しするものです。
 強制や義務ではありませんし、ご利益を期待するものでもありません。

Q 一度入ったら信じなくてはいけないの?
 信仰は強制されるものではありません。
 安心してお気軽においでください。
 牧師が相談事にのることもできます。

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posted by 近 at 11:25 | Comment(0) | 教会案内

教会の沿革

初代牧師 若月 誠(1972-2000)
第二代  近 伸之(2002-)

1952(昭和27)年
 新潟二葉町教会(現・新潟福音教会)の青年信徒で、葛塚町(現・新潟市北区)に在住していた若月誠が、近隣の子供たちを対象に自宅を開放し、日曜学校を始める。
1953(昭和28)年
 新潟二葉町教会の宣教師・信徒の協力のもと、葛塚町内にて2回の天幕伝道集会を開催する。数名の決心者が与えられ、葛塚を中心とする近隣地域に宣教が進んでいく。
1954(昭和29)年
 新潟二葉町教会の信徒が中心になり、毎週日曜午後および夜に定期集会が持たれるようになり、「葛塚キリスト集会」と名づけられる。
1955(昭和30)年
 葛塚町・木崎村・岡方村の3町村が合併し、豊栄町となる。以降、約15年間にわたり、集会場所を転々としながら、町内各地で伝道の実が結ばれていく。
1970(昭和45)年
 近隣教会の協力のもと、市内嘉山に会堂を建築し、献堂式を行う。なお同年11月、豊栄町は市制に移行し、豊栄市となる。教会としてではなく保育園事業から地域貢献をめざし、「恵み園」を開園。しかし諸般の事情によりわずか二年で閉園となる。
1972(昭和47)年
 4月、若月誠牧師が初代牧師として赴任。宣教に専心する教会として歩み出す。
2001(平成13)年
 1月、若月牧師が健康上の理由により退任。一年間の牧師不在(無牧)を経験する。
2002(平成14)年
 4月、近伸之牧師が二代目牧師として赴任。地域に根差した教会を目指し、バザー・老人福祉施設への慰問、オープン形式による賛美(合唱)教室などを毎月開催する。
2012(平成24)年
 宣教開始50年、教会創立40年を迎える。
posted by 近 at 11:14 | Comment(0) | 教会案内

牧師プロフィール

top_01.jpg牧師  近 伸之 (ちか・のぶゆき)
 1971(昭和46)年、新潟県中条町(現胎内市)に生まれる。
中学2年生の時に、骨肉腫で左足を切断。
高校3年生の時に、イエス・キリストを救い主と信じ、受洗。
敬和学園大学人文学部を卒業後、新潟市役所に勤務。
高齢者福祉を3年、水産行政に1年間携わった後、牧師になるために退職。
東京基督神学校(現TCU大学院神学科)を卒業後、
2002年より豊栄キリスト教会主任牧師として現在に至る。
 現在、同教会と並行して、同盟教団・村上福音キリスト教会の代務も兼ねる。
学校法人 敬和学園理事・評議員および同大学同窓会長(2011.4月〜)
同盟教団・新潟山形宣教区長(2014.4月〜)
同盟教団・退職金委員長(2016.4月〜)

豊栄の人々へ、牧師からのメッセージ

 「豊栄」という町の名前が、私は大好きです。
「豊かに栄える」そんな人生を送りたいと心から願います。
私だけではなく、すべての人がそんな人生を求めています。
しかしすべての人がまた、こう思っていることでしょう。人生は思いどおりにはいかない、と。

 私は14歳のときに、骨肉腫という病で左足を失いました。
障がい者という、社会がつけたレッテルに私もまた引きずられました。
それまで描いていた人生の青写真が奪われてしまったような気がしました。
しかしそれは、決して消えることのない、本当の希望を私が持つためだったのです。
人生の希望を見失った私に、イエス・キリストは聖書を通して語りかけてきました。
 またイエスは道の途中で、生まれつきの盲人を見られた。
弟子たちは彼についてイエスに質問して言った。
「先生。彼が盲目に生まれついたのは、だれが罪を犯したからですか。
この人ですか。その両親ですか。」
イエスは答えられた。
「この人が罪を犯したのでもなく、両親でもありません。神のわざがこの人に現れるためです。」(『ヨハネの福音書』9章1-3節)
 ここに私がいました。
生まれつき目の見えない人   それは、神のまなざしを向けられていながらそれに気づかない人です。
それはかつての私であり、そして今のあなたです。しかし神は、あなたを優しく見つめてくださっています。
たとえあなたがどれだけ人生に希望を失っていたとしても、あなたはいま、そこにいます。
そのところから「神のわざ」が始まります。どうか人生に迷ったとき、この教会に来てみてください。
悲しみの中でも決して絶望しない人生、文字通り「豊かに栄える」人生が、あなたを待っているのですから。
posted by 近 at 11:11 | Comment(0) | 教会案内