「20世紀の悪夢」と呼ばれた第二次世界大戦が終結し半世紀が過ぎようとしている。この50年で世界システムは大きく変容した。ヒトラーが国民社会主義の存亡を賭して闘い、そして敗れたボルシェヴィズムはソ連及び東欧共産主義体制の崩壊により事実上消滅した。しかも大戦の敗戦国であった日本、ドイツは戦後の急速な復興の末、今や国際経済においてかつてないリーダーシップを発揮するに至った。これら国民社会主義がナチズム戦争を通して目指したものが、ヒトラーの死後、彼が想像もしていなかった歴史的経過を辿り、達成させられたことはまさに運命の皮肉と呼べるであろう。
一般にこのナチズムという政治思想は、第一次世界大戦後のヨーロッパを席巻したファシズムの一類型として理解されている。その一党独裁体制における権威主義的コーポラティズムは、近代ヨーロッパの伝統的議会主義への反動として定義することができよう。だが、この運動に精神的基盤を与えたイデオロギーもまたファシズムの知的遺産に由来したものだった、と考えることは困難である。というのは、アウシュヴィッツに代表されるような、徹底性と能率性を伴ったホロコーストは、全体主義発祥の地ファシスト=イタリアにおいてさえも遂に起こることはなかったからである。それどころか、このドイツ流の恐怖政治は、それまで残虐さにかけてはヨーロッパ史上最悪とみなされていた、かのジャコバン独裁をも遙かに凌駕した。この事実は人々にユダヤ人ハインリヒ・ハイネの、次のような不気味な予言を想起させるに違いない。
ドイツの雷は極めてドイツ的である。落ちるまでに時間がかかるが、必ず落ちる。歴史に類例を見ない破壊力を伴って落ちる。その時がやがて来るだろう……フランス革命もそれに比べたらのどかな牧歌にすぎないようなドラマが演じられるだろう……その時は必ずやってくる。(1)続きを読む