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2018.3.11「信じ続けること」(ルカ8:40-42,49-56)

 こんにちは。豊栄キリスト教会牧師の近 伸之です。
もうあと一回になりましたが、今年度は二週間に一回、村上教会の奉仕がある日は教会に泊まって月曜日に帰ってきていました。
年内はよかったのですが、1〜2月はとにかく大雪。一晩泊まっただけで車が埋もれているということもざらでした。
しかし2月も終わりになり、ようやく春の気配。教会の玄関から見える光景を撮影する余裕も出てきました。
狙って撮ったわけではないのですが、たまたまアングルが定点観測みたいになったのでご紹介します。
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左が2/25(日)、右が二週間後の3/11(日)。2月末の雪景色の方が、陽光が差していて明るい感じがします。
いよいよ4月からは、主任牧師を迎えての本格的なスタートです。お祈りください。週報はこちらです。

聖書箇所 『ルカの福音書』8章40-42,49-56節 

1.
 41節、「するとそこに、ヤイロという人が来た。この人は会堂管理者であった。彼はイエスの足もとにひれ伏して自分の家に来ていただきたいと願った。彼には十二歳ぐらいのひとり娘がいて、死にかけていたのである」。
ここで私たちが忘れてはならないのは、ヤイロにとってイエス・キリストに助けを求めることは文字通り命がけの行為であった、ということです。
ヤイロは会堂管理者でありました。
そしていわばこのとき、ヤイロの上司にあたるエルサレムの祭司長や律法学者たちはイエスを危険人物と見なしていました。
ヤイロがイエスに助けを求めた姿は、すぐに数百キロ離れたエルサレムにまで伝えられるでしょう。
そしてそれによってヤイロが地位、財産、人間関係、多くのものを失うことになるのは間違いありません。
しかし彼にとって、娘の命はそれらすべてをかき集めても足りない、かけがえのないものでした。
そのために彼は人々が注視する中、人波をかきわけてイエスの前に出てきたのです。どうか私の娘を助けてください、と。

 長血の女性の信仰も確かにすばらしいものでした。しかし彼女には逃げ道がありました。
イエスの着物にさわり、そのまま人波に紛れて何事もなかったかのようにその場を去ることができました。
しかしヤイロはそうではない。彼は自分の逃げ道を自ら塞いでイエスのもとにやって来ました。
娘がいやされても、いやされなくても、彼の取った行動はエルサレムの祭司長たちの怒りを買うでしょう。
しかしそれでも彼はイエスの足もとにひれ伏した。ここに、すべての人にも当てはまる真理があります。
もしイエス・キリストの救いを得たいと思うなら、安全なところに隠れたままではならない、イエスの前に出てこなければならないのです。
長血の女性も、イエスの前に出て、真実を打ち明けたときに、病だけでなくたましいの救いをも得ました。
ヤイロもまた、イエスの前にひれ伏し、自分のすべてを明らかにしたところから救いの道が開けていったのです。
もしあなたがイエス・キリストから永遠のいのちを受け取りたいのなら、まず立ち上がらなければなりません。

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posted by 近 at 21:58 | Comment(0) | TrackBack(0) | 2018年のメッセージ

2018.3.4「逃げるは恥への逆戻り」(ルカ8:40-48)

 こんにちは。豊栄キリスト教会牧師の近 伸之です。
今回の説教タイトル、しばらく前に「恋ダンス」で一世を風靡した『逃げるは恥だが役に立つ』(逃げ恥)のパクリオマージュです。
といっても、ドラマも原作も一回も見たことはないんですけどね。私にとってガッキーは永遠に新垣勉です。オ〜ソ〜レミ〜ヨ〜

 それはさておき、村上教会はいよいよ後任牧師、確定です。双方の教会総会で承認されました。今週もう荷物が届きます。
とはいえ理事会の最終承認、3月下旬の教団総会での人事発表までは名前を出せませんが、お祈りいただきありがとうございました。
1年9ヶ月の代務(兼牧)、あっという間でしたが、たくさんのことを学ばせていただきました。会堂建築で寿命が十年縮まったわ
献堂式はガッキー(ツトムのほうね)を呼びたいところですが、建築費で積立を使い果たしてしまい、お金が足りません。
でも新しい先生はテノールこそガッキーに及びませんが、クラリネットの腕前はなかなかですよ。あれ、これでバレちゃったかな。
週報はこちらです。

聖書箇所 『ルカの福音書』8章40-48節 

1.
 今日の聖書箇所は、イエス様に近づいたふたりの人物が登場します。
ひとりは会堂管理者ヤイロ、そしてもうひとりは12年の間長血をわずらっていた女性です。
まことに対照的な二人です。ヤイロは社会的地位の高い会堂管理者でしたが、この女性はその病気ゆえに社会から隔離されていました。
ヤイロは娘が生まれてから12年間、父親として最も幸福な期間を過ごしましたが、この女性はその12年間、長血で苦しみ続けました。
ヤイロは正面からイエス様の足もとにひれ伏しましたが、女性は後ろからイエス様の背後に近づき、着物のふさにさわりました。
しかしここまで対照的なふたりですが、ひとつ共通しているのは、苦しみの中でひたすらイエス様に助けを求めた、ということです。
今日はこのふたりのうち、長血の女性の姿を学んでいきたいと願います。人生を変えるのに必要なのは、時間でもお金でもありません。
イエス様だけが私を助けることのできるという信仰に裏打ちされた、心からの叫び、ただ一つです。

 長血の病というのは、血の漏出が止まらない、一種の婦人病です。しかし苦しみは、その痛みそのものではありません。
旧約聖書の教えでは、長血の病にかかった女性は汚れているとみなされました。
彼女に触れる人はみな汚れ、人前に出ること、公の礼拝に加わることも許されませんでした。
この病にかかった者は、神から切り離され、のろわれた者とみなされる、そんな病であったのです。
しかし彼女は、危険を冒して群衆の中に紛れ込みました。ただ、イエス様に触る、そのことだけのために。
それは命がけです。もし誰かに自分のことを気づかれたならば、いったいどのような罰を受けるかわかりません。
医者からも見放された私。社会からも隔離された私。公の礼拝からも締め出された私。
だがそんな私でも、イエス様の着物に触ることでもできれば、きっと直る。救われる。解放される。

 彼女は、確かな信仰を持っていました。だからこそイエス様も、この後で「あなたの信仰があなたを直したのです」と言われました。
しかし、着物にでも触れれば、という、一念岩をも通すという信仰も、その陰には保険のような態度が隠れていることを無視できません。
後ろに近寄って着物のふさにそっと触ったのは、どうしてでしょうか。47節のことばがすべてを物語っています。
「女は、隠しきれないと知って」。隠そうとするのは後ろめたさがあったからでした。
イエス様を含め、もし誰かにとがめられそうになったときにはいつでも逃げることができるために、後ろからさわったのです。

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posted by 近 at 22:04 | Comment(0) | TrackBack(0) | 2018年のメッセージ

2018.2.25「人が作った神か、人を造った神か」(イザヤ44:9-22)

 こんにちは。豊栄キリスト教会牧師の近 伸之です。
「礼拝説教は毎週、伝道メッセージ」という教会もありますが、私の知る限りでは「伝道メッセージは月一回」というところが多いようです。
もちろん毎回の説教の中にも求道者の方に向けた伝道的要素は盛り込みますが、未信者に特化したメッセージは月一回、ということです。
 同盟教団の統計から分析すると、礼拝に出席している信徒のうち祈祷会にも出席している方は、どこも全体の3割前後のようです。
つまり逆から言えば、信徒の7割はもっぱら礼拝説教だけでしか養われていないという過酷な現実があります。
そのために牧師は当然、祈祷会へ出席してそこでみことばを学ぶこと、また家庭礼拝やディボーションの確立を呼びかけます。
そして7割の信徒にとって生命線となる礼拝説教は、求道者よりも信徒を訓練することが主なテーマとなるのは自然なことです。
 しかしそうなると求道者の方にとって礼拝説教は難しいということもあり、多くの教会で月一回は「伝道礼拝」を行っています。
豊栄でも普段は信徒向けの説教、第4週だけ「伝道礼拝」と名づけて「未信者の家族、友人を積極的に誘いましょう」と呼びかけていました。
しかし元教団理事長、岡村又男先生があるところでこんな趣旨のことを語っておられました。
「およそ伝道的でない礼拝はない・・・信徒が集まり礼拝をささげる姿そのものが伝道なのだ。」
なるほど。さすがマタオ(敬称略)。礼拝のアタマにあえて「伝道」とか付け加える必要はないってことっスね。
 ということで数年前、「伝道礼拝」を「賛美礼拝」と改称し、その週は讃美歌・聖歌ではなく青年会主導でワーシップソングを導入しました。
ところが今度は「賛美礼拝というネーミングだと、ふだんは賛美していないのかということになる」という容赦ないツッコミが。
そこで現在は「求道者歓迎礼拝」と呼んでいます。が、「ふだんは求道者を歓迎していないのか」とツッコまれないか心配です。
そんなわけで今回は伝道メッセージでした。でも読み返してみると終盤、キリストの滋味が欠けていました。何年経っても訓練が必要ですね。
週報はこちらです。

聖書箇所 『イザヤ書』44章9-22節 

1.
 私の卒業した小学校、平成の大合併でもう廃校になりましたが、
校門から正面玄関まで、細い道が100mくらい続いていて、道の両脇にあるお店に囲まれているような作りになっていました。
その店のひとつに、なんたら石材店というのがあって、学校から帰るときに、オヤジが一生懸命石を削っている様子などが見えました。
そのオヤジも飲んでいないときにはとても気のいい人でして、よくきらきらした石材のかけらなんかを私たちにくれたものです。
ある日、その店の前に1mくらいの石造りの観音像が飾られていました。
子どもの目から見てもよくできていましたが、2階の教室からはその店の裏庭が丸見えで、そこには失敗した観音様がいくつも転がっていました。
子供心に感じたのは、オヤジのノミの当て方ひとつで、石が仏像にもなればごみにもなるんだなということでした。
でもその鍵を握っている当のオヤジは、どう見ても石に魂を宿すことのできるような人には見えませんでした。
 今のは40年も前の私の経験ですが、約2700年前、すでに預言者イザヤはこう語っています。
だれがなんの役にも立たない偶像を造るのか。腹がへれば力が衰え、水を飲まなければ疲れはててしまう鉄細工人がつくり、彫刻師は線を引き、鉛筆で輪郭をとり、カンナで削り、コンパスでえがき、人の形につくり、家の中に安置する。人は木の一部をとってたき木として身を暖め、「ああ、あたたまった、熱くなった」といい、またパンを焼き、肉を煮て食べ、その残りで神を造って偶像とし、その前にひれ伏して拝み、これに祈って「あなたは私の神だ、わたしを救え」と言う。
 ある人たちはこういうでしょう。仏壇メーカーの職人たちがどんな人でも、霊験あらたかなお坊さんが魂を入れるから、ご利益がある、と。
しかしそもそも、木や石や金属に魂が入るでしょうか。
どの教会にも、会堂の壁には木や金属の十字架がかかっていますが、その十字架の中にイエス様がおられると聞いたことがありません。
神は木や石や金属には宿りません。物質に魂が宿る例はただひとつ、人間の中に神が住んでくださることだけです。
もし私たちがまことの神を知りたいのであれば、位牌、仏壇、仏像、神木、物質に過ぎないものに神や仏や魂が宿るということの過ちに、
そしてありがたくこれを拝んでもそれはまことの神様を悲しませるだけだということに気づかなければなりません。

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posted by 近 at 09:14 | Comment(0) | TrackBack(0) | 2018年のメッセージ

2018.2.18「弟子の覚悟をもって」(ルカ14:25-35)

 こんにちは。豊栄キリスト教会牧師の近 伸之です。
原稿では割愛しましたが、メッセージ本番では、弟子の覚悟を示すたとえの「塔・王・塩」は一種の記号であると付け加えました。
当時の聴衆にとって共通のイメージを想起させるキーワードを取り上げることで、イエス様は弟子道を示された。
それは「戦争」である、と。塔とは、砦または櫓を表し、そして塩は兵士の給料でした。
塩については、受験用の『ライトハウス英和辞典』(30年使い続けています^^;)の「salary(給料)」の項でもこう書いてあります。
ラテン語で「塩を買うための金」の意;古代ローマ時代には兵士たちに給料として支払われたもの;salt(塩)と同語源.
ちなみに日本で塩が政府の専売とされたのは1905年、日露戦争の莫大な戦費調達のためだったそうです。
塔の建設、隣国との戦争、塩といった言葉を通して、イエスの背後を歩んでいた有象無象の者たちでさえ戦争を想起したことでしょう。
戦争はいけません。しかし弟子道はまさに十字架に繋がる戦いであるということを主が伝えようとしたのであれば。
私たちイエス・キリストを信じた者にはどれだけの節制と忍耐が必要かと思わされます。週報はこちらです。

聖書箇所 『ルカの福音書』14章25-35節 

序.
 「弟子の覚悟をもって」は、今年度の牧会目標として、年の初めから私の中で示されてきたテーマです。
 イエス・キリストに心から従う者のことを弟子といいます。そして弟子には犠牲が求められます。
たしかにイエス様のところには数多くの人々が集まっていました。
しかし彼らのほとんどは弟子ではありません。自ら犠牲を払うことなどない、ただの群衆です。
ある者はイエス様が起こしてきた奇跡に惹きつけられました。他の者はイエス様にについてくればパンや食料が与えられると考えていました。
また別の者たちは、イエス様こそ、ローマ帝国の支配からイスラエルを解放し、ダビデ王家を再興してくださる方だと信じていました。
しかしイエス様の目的は、奇跡を起こして世の注目を集めることでも、人々にパンを与えて生活の安全を保証することでもありません。
ましてやローマ帝国を打ち倒してご自分の国を地上に建設することでもありません。では何のために。
言うまでもなく、神の子が全人類の罪のさばきの身代わりとなって十字架の上で死なれるという目的のために都へと向かっていたのです。

1.
 イエス様のまことの目的も知らずにただ人数だけ膨れ上がった行列は、イエス様が向かおうとしている戦いにはふさわしくありません。
そこでイエス様は、ご自分のこれからの言葉に従う者だけを選別するために、あえて人々にとってつまずきとなることばを語りました。
そのことばに従うことのできない者は離れるに任せ、本当に犠牲を払ってついてくる、まことの弟子だけをイエスは選別されました。
それが26節から始まる、極めて厳しいことばです。
「わたしのもとに来て、自分の父、母、妻、子、兄弟、姉妹、そのうえ自分のいのちまでも憎まない者は、わたしの弟子になることができません」。ここで語られる「憎む」という言葉。極めて激しい言葉です。これは「優先順位を指している」という説明をよく聞くことがあります。
文字通り、憎むのではない。神様を最優先にして、家族や自分やその他は、それがどんなに大切であろうと、神よりも下に置きなさい、と。
もし本当にそうであれば、どれだけ楽でしょうか。しかしイエス様が実際に語られた言葉は、そうは教えていません。
ここで「憎む」と訳された言葉は、聖書のどの箇所を開いても、「憎む」以外には訳されていません。他に訳しようがないのです。
この「憎む」と訳される言葉は、新約聖書に40回出て来ます。
それを全部紹介することはできませんが、「敵を憎めとあなたがたは聞いている」、「わたしの名のゆえにすべての人に憎まれる」、
「世の終わりには、人々は互いに憎しみ合い」・・・優先順位といったように、ぼかしようがない、極めてはっきりとした言葉です。
父、母、妻、子、兄弟、姉妹、・・・
自分の命以上に愛してやまなかった者たちを、私たちはイエス・キリストを信じた途端、一転して唾棄するほどに憎まなければならない。
あまりにも極端、あまりにも困難。しかしキリストは、ご自分の弟子たちにそこまでの徹底を求めています。
 だれがいったいこの方についていくことができるのか。たとえイエス様のすぐ近くで生活を共にした十二弟子であっても、困難、いや不可能です。
しかし不可能と認めるところから、私たちがまことの弟子となる道は始まります。まことの弟子とは、神以外に一切の期待や満足を捨てた者。
だれかが何とかしてくれるとか、自分で何とかできるという希望を捨てて、何もできないという徹底的な絶望を味わった者たち。
もしそれでもそこに光が残っているとすれば、ただイエス・キリストが私をあわれんでくださるという一点にただすがるしかありません。
 自分の十字架とは、まさに無力さそのものです。手も足も十字架に釘打たれて、指一本動かすこともできないような己の無力さ。
その中で私たちはすぐ前を歩いておられる、十字架を背負い歩んでいるイエス・キリストを見上げます。

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posted by 近 at 18:02 | Comment(0) | TrackBack(0) | 2018年のメッセージ

2018.2.11「何度でも」(ルカ5:1-11)

 こんにちは。豊栄キリスト教会牧師の近 伸之です。
披露宴の定番曲、チェリッシュの「てんとう虫のサンバ」。「森の小さな教会で結婚式を挙げました」という、そうアレです。20110719192602efa.jpg
「森」を「村」と間違えている人が多いらしく、旧ブログ「村の小さな教会」はアクセス数だけは追い風でした。
ところが「豊栄の風」に変えてからアクセスが激減。「か、風が止まった・・・」(「ナウシカ」終盤の大ババ風に→)
 しかしじつはこれも想定内。「村の小さな教会」。豊栄から村上に活動の場所を移して復活です。
春から来られる新任の先生がブログを引き継いでくださるかはわかりませんが、豊栄以上に村上も応援してください。
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山頂にある村上城址まで777mは適当につけたのではなく、Google Mapなどを駆使して算出しています。
登山口までだいたい400m、山の高さがだいたい130mなので実距離をだいたい3倍として390m、若干の誤差を加えてだいたい777m。
だいたいばかりですね。興味のある方は実際に登って測ってみてください。週報はこちらです。

聖書箇所 『ルカの福音書』5章1-11節 

1.
 この聖書箇所から「人生は出会いで決まる」というタイトルで、ある牧師の説教を聞いたことがあります。
神との出会いによって人生が変えられたクリスチャンたちの証しも交えた素晴らしい説教でしたが、ある点で違和感をおぼえました。
それは、まるでペテロがこのときイエス様に初めて出会ったかのような印象を与えている説教だったからです。
しかし新約聖書に含まれている、四つの福音書を並べてみると、ペテロたちはすでにこのとき、キリストの弟子として知られていました。
イエス様はまずペテロとアンデレの兄弟、ヤコブとヨハネの兄弟、その他何人かの者を弟子として選びました。
そしてカペナウムの町を中心に、ガリラヤと呼ばれる地方をその弟子たちといっしょにまわりながら、神の国を宣べ伝えていました。
今日の聖書箇所は、時間で言えばその後にあたります。なぜか弟子たちはまた漁師に戻っているのです。
決して弟子の生活がいやになって漁師に戻っていたというような深読みをすべきではありません。
ただ、彼らは弟子として網を捨てたつもりではあっても、完全に捨てることができていなかった。
弟子としてイエス様に従いたいと願いながらも、家族のことを考えたときに、すべてをゆだねることができなかった。
 同じような経験を、私たちもしているはずです。
確かに人生は出会いで決まります。しかしひとつの出会いで人生が変わるほど、私たちの人生は単純ではありません。
一つひとつの出会いを積み重ねて、人生は軌道修正されていきます。ペテロたちは、まさにそのような経験をしていたのです。
私たちがイエス様の弟子になるとは、どういうことでしょうか。現代で言えば、牧師や宣教師になるということが弟子という意味ではありません。
弟子とは、生活の中心をひたすらイエス・キリストに置く人々のことです。
これも現代で言えば、山奥にこもって自給自足の生活をせよということではありません。
今しているそのことは、イエス・キリストを喜ばせるためにしているかと問われたら躊躇なく、はいと答えられるならば、その人はキリストの弟子です。
ペテロたちはまだそうではありませんでした。魚が捕れないという状況の中で、彼らの関心はまだ家族の生活の上に残っていました。
しかしイエス様は一度弟子として召した者は、そのまま捨て置くということはありません。
イエス様との出会いを積み重ねながら、彼らは少しずつ、まことの弟子とされていくのです。そして私たちも。

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2018.2.4「終わらない物語」(ヨハネ2:1-11)

 こんにちは。豊栄キリスト教会牧師の近 伸之です。
私が代務(兼牧)しております村上教会の新会堂は、フローリングの上に古いパイプ椅子を使用しています。
礼拝を開始してからまだ2ヶ月経っていないのですが、パイプ椅子の金属部分とフローリングがこすれて、早くも床の傷が目立ちます。
パイプ椅子に専用のゴムを取り付ければ傷を防げるのではないかと思い、空き時間を利用してネットを検索。
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 「イスが静かに.com」(何とわかりやすい)というサイトにたどりつきました。
 http://www.isu-shizuka.com/products/list.php?category_id=733
 しかし一脚分(4個)で780円(税抜)というのはちょっと高い。

もうちょっと出せば新品のパイプ椅子が買えるなあと思い、さらにだらだらとネットを漂っていると、なんということでしょう(加藤みどり風に)
オフィス家具業界ではまさに元教団理事長のマタオ先生レベル、「オカムラ」の椅子が激安で出品されているではありませんか。

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一脚1000円!出品者である長野では有名らしいリサイクルショップに連絡すると、在庫は残り16脚あるとのこと。
村上の当座の礼拝出席者数の目標には十分です。中古ということでやや不安を感じながらも大人買い。ええ、全部買いましたとも
小学生の頃、岩倉具視の500円札を握りしめて「うまい棒」50本を買った後、激しく後悔した記憶が一瞬よみがえりました。ごめんトモミ
それでも送料含め25,040円。すでに製造中止モデルですが、当時の一脚分の新品価格と同じくらいです。
この大寒波の中、S濃運輸が届けてくれました。S濃のドライバーさん、ネットではある意味有名ですが、実際はすごくフレンドリー。
状態も、金属脚にやや塗装のはがれはありますが、じゅうぶん実用レベル。16脚積み重ねても微動だにしません。さすがマタオオカムラ
ただお値打ち品に目が行ってしまい、フローリングに傷をつけないという本来の目的をすっかり忘れていました。
はっと我に返った放蕩息子の気分です。「今週の物欲」のコーナーでした。週報はこちらです。

聖書箇所 『ヨハネの福音書』2章1-11節 

1.
 町を歩いていると、少し古いお店や家の外壁に、黒い板に白い文字で、聖書のことばが貼ってあるのを見ます。
たまに「神は愛なり」というのもありますが、だいたいは「罪の報いは死」とか「見よ世のさばきは近づいた」とかいった厳しい言葉です。
で、最後には「聖書」としか書いていません。私は子どもの頃にあれを見て、聖書というのはこんなこわい言葉ばかりなのかと思っていました。
ただ誤解を招かないように付け加えると、これらを行っているのは「聖書配布協力会」という聖書的な団体で、異端のたぐいではありません。
最後は「聖書」としか書いていない理由は文字数を減らすためだとは思いますが、じつは聖書にはもともと章や節はついていません。
章とか節が聖書に付け加えられたのは、教会2000年の歴史のうち、わずか四、五百年前のことにすぎません。
 「章」「節」というのは聖書を探すのに便利ですが、聖書というのは、本来「章」で区切れるものではありません。
このヨハネ福音書であれば、2章で話が切り替わるのではなくて、1章の最後から話が続いています。
1章の最後に語られていた、ナタナエルの物語は終わっていないどころか、このところでその約束の実現を垣間見させられるのです。
 区切りがないというのは、じつは聖書すべてで言えることです。
聖書の中にはひとつとして、前後と切り離されて独立している物語というのはありません。
どんな聖書の箇所であっても、このみことばが前のところからどう繋がっているのか、そして後のところへどう繋がっていくのか。
それを無視して、そこだけ切り離してしまうと、聖書が私たちに語ろうとしていることを誤って受け止めてしまうことになりかねません。
だから私を含めてすべての牧師が言いますが、クリスチャンは週一回の礼拝説教で終わらないで、自分でどんどん聖書を読んでいくべきです。
一週間に一回、せいぜい半ページくらいを礼拝で読んで説明されたくらいで、人間は変わりません。今日読んだことも、明日には忘れます。
求道者の方はともかく、クリスチャンは自分でどんどん聖書を読んでいって、山のかたちを覚えなければなりません。
山のかたちを覚えて、ようやく一本一本の木が見えてくる。木はみことばひとつひとつ、山は聖書全体です。
そしてその山が連なって、信仰生活、教会生活という山脈が見えてくる。そして私たちは確信をもってそこを登っていくのです。

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2018.1.28「大きないちじくの木の下で」(ヨハネ1:43-51)

 こんにちは。豊栄キリスト教会牧師の近 伸之です。
私は新潟生まれの新潟育ちですが、ネイティブの新潟人でさえちょっとした鬱状態に陥ってしまう、今月後半の天候です。
日光にあたることがこんなに大事なんだと、この歳になってようやくかみしめています。
ただ不思議なのが、生粋の関東人である妻が元気なこと。
水道管が凍結してトイレの水が流れないという非常事態の中でも、まるでバイブルキャンプのように柔軟に対応しています。
こっちが苦しいときは向こうが元気で、向こうが苦しいときはこっちが元気だったり。
夫婦は二人ではなくひとりとありますが、シーソーみたいなものですね。神様がバランスをとってくださっているのでしょう。
前半は圧倒的な暖冬だったこの天候も、神様のバランスなのかもしれません。週報はこちらです。

聖書箇所 『ヨハネの福音書』1章43-51節 

1.
 私は世間話が苦手です。世間話ができる人を尊敬します。だから、もっぱら教会の婦人たちのことを心から尊敬しています。
以前、まじめな気持ちで、古本屋で「世間話ができるようになる本」というのを立ち読みしたことがあります。
それによると、世間話としてとっかかりやすいのは、天気の話、テレビの話、旅行の話。テレビは見ませんし、旅行もしません。
いっぽう世間話に持ち出してはいけないのは、政治の話、宗教の話、死んだ人の話。牧師の得意分野です。
ナタナエルにイエス・キリストを紹介したピリポは、さぞ世間話が得意だったのではないかと思います。
なぜかというと、彼は十二弟子の中で屈指の人脈を持ち、子どもから外国人に至るまであらゆる人をイエス様のところに連れてきたからです。
ここでナタナエルとイエス様を結びつけた後、彼は五つのパンと二匹の魚を持っていた少年をイエス様に紹介しています。
さらにその後はイエス様と会いたがっていたギリシヤ人の一行をイエス様に紹介します。
こういう人が一人いるとたいへん助かります。初対面同士の集まりでも話題に詰まることがありません。

 しかしピリポはただ話題が豊富だったわけではないでしょう。人々の心の中に潜んでいる求めに敏感な人だったのです。
その求めとは、自分の持っているもの、あるいは自分の人生そのものを尊いことに用いてほしいという願いです。
神のためにわずかなパンと魚を差し出そうとする少年の願いを知り、それをイエス様に伝えました。
そして、ナタナエルにイエス様を紹介したのも、単に知り合いだったから、ということではありません。
ナタナエルの心の中にある求めをピリポは知っていました。そしてイエス・キリストならばそれに答えてくださるという確信がありました。
だからこそ、「ナザレから何の良いものが出るだろうか」と一度は拒まれても、「来て、そして見なさい」と言うことができたのです。

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2018.1.21「みことばだけが勝利の鍵」(マタイ4:1-11)

 こんにちは。豊栄キリスト教会牧師の近 伸之です。
当教会では毎週水曜夜に祈祷会を開催しておりますが、今晩は祈祷会を中止することにしました。
参加者のほぼ全員が車で通ってくることもあり、夜間の運転には危険が伴うことを考えての判断です。
今晩は牧師夫妻だけで祈祷会を行います。もしこれをご覧になった教会員の方は、ご自宅でお祈りください。
なお約束できませんが、久しぶりにネット中継できるかどうか試してみます。
映らなかったら、試したが頓挫したとご理解ください。今晩19:30〜21:00までこちらです。終了しました
それにしても、先週あれだけ大雪に苦しんだのに、「過去最強の寒波到来」って、先週のは一体何だったんでしょう。
週報はこちらです。

聖書箇所 『マタイの福音書』4章1-11節 

今週は、カメラの電源を入れ忘れてしまっていたのでメッセージの録画はありません。ご容赦ください。

序.
 市役所勤めをしていたとき、同じ係の先輩が「ああ定年が楽しみだわ」と言ったことがありました。
私が「なんで定年が楽しみなんですか」と聞くと、「だって役所に入ってずっと有給もとれない忙しい生活をしてきたじゃない。
定年になったら、友だちと色々な所を旅して、現地のンマイものをたくさん食べて、ああ楽しみだわ」。今にもよだれを垂らしそうな感じでした。
ところが、その方が定年されたしばらく後に聞きましたら、定年になってからしばらくは旅行も楽しかったけれど、すぐに飽きてしまった、と。
どの観光地に行っても、名物料理なんてだいたい同じだし、結局今は旅行もしないで、ボランティア活動に精を出している、ということでした。
 よくある話ですが、これは心理学者マズローが提唱した「欲求の五段階説」に合致しています。
食欲ということに着目して説明すると、人間の欲求は、何でもいいから食べたい、というところから始まる。
それがある程度満たされると、今度はおいしいものを食べたい、となる。
それもある程度満たされると、今度は何を食べるかよりも、家族や友人と一緒にいたい、となる。
それもある程度満たされると、今度は社会に自分の存在を認めてもらいたい、となる。
それもある程度満たされると、今度は人に認めてもらうことよりも、自分にしかできないことをやり遂げたい、となる。
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マズローがこれをピラミッド型に描いたのは、高次の欲求はより低次のものに対する不可逆性を有しているからです。
つまり、ひとたび上の段階の欲求を満たしたならば、それより下の欲求に対するモティベーションは持続しない、ということ。
彼女はすでに役所の生活の中で、すでに第四段階の「社会に自分の存在を認めてもらいたい」という欲求の充足をある程度味わっています。
それに対して、おいしいものを食べたいは第二段階、友だちと一緒にいたいは第三段階、と、欲求レベルが下に位置している。
一度上のレベルを味わってしまったら、下のレベルの欲求は、本人が期待するほどの満足は与えられない、となるのです。
だから第四段階の上、第五段階でしか彼女は満足を得られない。第五段階は、自分にしかできないことをやり遂げたい、です。
もしかしたら今頃は、陶芸や生け花といった趣味を見つけて、懸命に精進されているかもしれません。

1.
 マズローの欲求の五段階説は1943年、今から75年も前に唱えられたものですが、今も心理学の世界ではよく紹介されます。
「欲求が満たされる」なんて絶対的なものではなくて個人差があるものです。
にもかかわらず、マズローの考えが決して古さを失わないのは、彼が人の心の中にある欲求を冷静に分析しているからです。
食べたい、眠りたい、といった原始的欲求に始まり、所有欲、支配欲。あるいは誰かといっしょにいたいというささやかな欲求。
人から認められたい、愛されたいという叫びに似た欲求、そして自分の本来の力を、あるべき場所で発揮したいという自己実現願望。
しかしマズローが20世紀半ばにようやく発見した、人の欲求の仕組みは、すでに二千年前に聖書は指摘しています。
いや、「聖書は」というよりは「悪魔は」と言うべきでしょうか。悪魔は、イエス様への誘惑を通して、
「俺はお前たち人間の持っている欲求を、誘惑に陥りやすい心を知り尽くしているんだぞ」と言っているかのようです。
 現代の多くの人々は、聖書に出て来る悪魔など、当時の迷信が作り出した想像の産物として嘲り、悪魔の実在を否定します。
しかし悪魔は、人間だれしも空腹を満たすことから欲求の第一段階が始まるのだということを知っています。
腹が満たされれば、物がほしくなる。物をいくら手に入れても、誰かに認められなければむなしさを感じるということも知っている。
イエス・キリストが味わった誘惑は、じつに私たちが実際の生活の中で味わう誘惑そのものです。
食べること、手に入れること、支配すること、世に自分を認めさせること、だれかに特別に取り扱ってもらうこと。
もちろん、欲求すなわち罪ではありません。愛し、愛されることも欲求です。
しかし悪魔は、本来善きものである欲求さえも、悪しきものへと駆り立てるほどに、人の心を知り尽くしています。
愛したいという思いを支配欲へと変質させ、愛されたいという思いを依存心へと堕落させることも、悪魔にとってはたやすいことです。
悪魔に私たちはどのようにして抵抗すべきでしょうか。聖書はその原則をこう教えています。ただみことばのみ、と。
石をパンに変えてみよという誘惑に、イエス様はこう答えました。「人はパンだけで生きるのではなく、神の口から出る一つ一つのことばによる」。
ここから飛び降りよという誘惑には、「あなたの神である主を試みてはならない」と。
そして悪魔を拝めば、この世のすべてを与えるという誘惑に対しても、ただみことばだけを宣言し、悪魔を退かせました。

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posted by 近 at 17:30 | Comment(0) | TrackBack(0) | 2018年のメッセージ

2018.1.14「悔い改めて荒野へ出よ」(マタイ3:1-6)

 こんにちは。豊栄キリスト教会牧師の近 伸之です。
この冬は初雪こそ例年より早かったもののすぐに溶けてしまい、あとはクリスマスもお正月もほとんど雪が積もりませんでした。
生まれた時から新潟に住んでいますが、こんな雪のない年は初めてだなあと思っていたら、まさかの大寒波。
ふだんは雪が降らない新潟市の中心部では除雪が追いつかず、こんな年は別の意味ではじめてです。
それでも主日礼拝にはいつもと同じようにみなさんが集まってきました。ある人は雪だるまみたいな格好で来られました。
そんな信仰の猛者たちに「悔い改めよ」。これが仕事とはいえ心苦しい限りです。因果な商売ですな。週報はこちらです。

聖書箇所 『マタイの福音書』3章1-6節 

序.
 昨年は、ルターの宗教改革からちょうど500年にあたり、世界中のキリスト教会で記念行事や講演会が行われました。
いわゆる宗教改革は、1517年にマルティン・ルターが、当時のカトリック教会による免罪符(贖宥状)の販売を告発したことに始まります。
免罪符は何かを語るためには、その前にカトリック教会で今日も採用されている、煉獄という教えを知らなければなりません。
それによると、たとえ人が救われても、死んですぐに天国に行けるわけではなく、天国の住民にふさわしく、完全にきよくされる必要があります。
そのために信者は死んだあと、天国でも地獄でもなく、煉獄という場所で、何百万年という長い長い時間を過ごします。
きよめの炎に焼かれながら、自分の罪を悔い改め、天国に入ることのできる救いを待つのです。
免罪符というのは、それを買うことによって、煉獄の期間が短縮されるというものでした。
マルティン・ルターは神学教授であり、カトリックの修道士でもありました。彼にとって、免罪符はとうてい受け入れることのできないものでした。
聖書は、私たちが救われるためには、罪を悔い改め、イエスを救い主と信じることを教えているのに、それを教会自身がカネで売りさばく。
ルターは教会が間違いを自覚して悔い改めることを願って、教会のトップ、ローマ教皇に向けて『95箇条の論題』という質問状を出しました。
ところがローマ教皇はルターを一方的に破門してしまいました。さらにルターはカトリックに属する王や諸侯から命も付け狙われます。
しかし逃亡中のルターのもとに協力者、支援者たちが続々と集まりました。やがてそこからプロテスタント教会が生まれるのです。

1.
 このできごとから教えられることは、宗教改革とは「悔い改めを巡る戦い」であったということです。
「煉獄」というのは私たちプロテスタントから見たらおかしいかもしれません。
しかし軽々しい批判は避けなければなりません。カトリックの教理においては、それは徹底した悔い改めの場所なのです。
この地上では、人は救われても罪を犯し続ける。煉獄という場所で、徹底的に悔い改めてようやく人は天国に凱旋することができる、と。
もちろん私たちプロテスタントは、キリストの十字架は私たちの過去現在未来すべての罪のさばきを完全に贖ったと信じています。
しかしそう信じる者たちが十字架の恵みのうえにあぐらをかき、内実のない悔い改めに陥ってしまっていることはないでしょうか。
ルターの改革は、悔い改めを迂回してカネで救いを売り買いしようとする免罪符を批判したところから始まりました。
ところがローマ教皇をはじめ、当時の教会の指導者たちは、悔い改めるどころか、ルターの告発を握りつぶしてしまったのです。
 カトリックであろうがプロテスタントであろうが、教会は常に「悔い改め」を忘れてはなりません。
教会をダメにするのは外からのサタンの攻撃ではなく、内からの現状維持の誘惑です。
そしていつの時代にも、教会の誕生、成長、そして変革はこの言葉から始まります。「悔い改めなさい、天の御国が近づいたから」。
これはバプテスマのヨハネの言葉ですが、やがて現れるイエス・キリストも、同じ言葉をもって宣教活動を始めました。
ルター、カルヴァン、内村鑑三、山室軍平、賀川豊彦、あらゆる神の人のメッセージもまた、決して変わりません。
「悔い改めなさい。天の御国が近づいたから」。それは神は愛なりと共に、福音の本質を指している言葉です。

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posted by 近 at 21:58 | Comment(0) | TrackBack(0) | 2018年のメッセージ

2018.1.7「従順がもたらした救い」(ルカ2:39-52)

 こんにちは。豊栄キリスト教会牧師の近 伸之です。
先日の礼拝では、当ブログをよくご覧くださっているという県外のご夫妻が出席してくださいました。
新来会者への挨拶に伺ったとき、うちの教会ではもろスベった説教と言われている「ボクはイサク」も三回見たと嬉しいお言葉。
礼拝前なのでポーカーフェイスを装いましたが、説教の間、心の中はちょっと高ぶってしまって大変でした。
振り返ってみると「豊栄の風」なんて、まず検索されそうもないタイトルをつけてしまったがゆえにアクセス数が激減した当ブログですが、
それでも毎週更新を待ってくださっている方もおられるかもしれませんね。いや、いるはずだ。いやいや、いてほしい。お願いします
ところで昨日、妻がこんな名ゼリフを放ちました。「片付けるまでが聖礼典」。
祝日だからとのんびりしてて聖餐式のカップを片付け忘れていたところはありませんか〜。スイマセン、うちの教会です。
週報はこちらです。

聖書箇所 『ルカの福音書』2章39-52節 

序.
 昔の記憶なので、あやふやなところもあるのですが、もう他の子どもたちがひらがなを書けるのに、私だけ書けないということがありました。
心配した母親が、小さな黒板を買ってきて、私の前で必死になって、チョークで「あ」とか「お」とか書いていました。
「書いていました」などと言うと、まるで他人事(ひとごと)のようですが、その頃の自分の感覚は、何というか、着ぐるみの中のような感じでした。
「あ」とかじつは読めるのです。読めるけれど、口から言葉として出てこない。
言語障がいというわけではなく、年相応の普通の会話はできます。
しかしひらがなが読めても、口から出てこない。書き方も知っているけれども、手が動かない。
着ぐるみの中から外をのぞいている、頭は働くけれどもひらがなを書こうとすると、口も手も動かない。そういう感覚です。
突然それが書けるようになったときの感覚は、幼いながらも昨日のことのように覚えています。
ある日、突然口と手が動くようになって、五十音一気に黒板に書きました。
しばらくの間、神童と呼ばれました。ような気がします。

1.
 イエス様の幼少時代について、具体的なエピソードは、今日の箇所以外には聖書に載っておりません。
12歳になるまで、いったいどんなことがあったのか。30歳になって公生涯に乗り出すまでは、どうなのか。
思春期特有の悩みはなかったのか。反抗期は訪れなかったのか。
ひとつだけ確かなことは、イエス様は一生涯、神の子として罪を犯さなかったということです。
しかし罪は確かに犯されませんでしたが、いま私が振り返ったような、まるで自分が自分でないような感覚を知っておられたかもしれません。
 というのは、イエス様は30歳になってはじめて神の啓示を受けて自分が救い主だと悟ったのではありません。
少なくてもこの12歳のときには、ご自分が神のひとり子であるという自覚を持っておられました。
しかし、ここが大事なところですが、イエス様はご自分にゆだねられた神の子としての力を、自分の目的のためには一切使わなかったのです。
今日の聖書箇所の中で、イエス様が教師−いわゆる律法学者のことです−教師たちに混じって、話を聞いたり質問したり、とあります。
それは、12歳とは思えないイエス様の知恵を示すものですが、しかし奇跡ではありません。
私は、まるで自分が着ぐるみの中に入っているような感覚、
(もちろん着ぐるみの中に入ったことがあるのは大人になってからですから、あくまでもそんな感覚ということですが)
自分の体が自分ではないような感覚を経験しました。それはもちろん自分で望んだわけではありません。
しかしイエス様はあえてご自分の持っている力を自ら封印し、30歳になるまでは一切力を使わなかったのです。
これが、ピリピ人への手紙2章11節で、イエス様の生涯について言われているみことば、
「神のあり方を棄てることができるとは考えないで、ご自分を無にして、十字架の死にまでも従われた」ということの意味です。
イエス様のなされた最初の奇跡は、宣教を開始した30歳の時に、カナという町での結婚式で水をぶどう酒に変えるというできごとでした。
ヨハネ福音書では、「このことを最初の奇跡として行われた」とはっきりと書いています。

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posted by 近 at 23:08 | Comment(0) | TrackBack(0) | 2018年のメッセージ