最近の記事

2020.7.5主日礼拝説教「何はともあれ求めるものは」(ルカ12:22-34)

 こんにちは、豊栄キリスト教会牧師の近 伸之です。
外出自粛やテレワークの中で経済的、精神的に疲れをおぼえておられる方々に、神様からの慰めがありますようにと祈ります。

 今回、説教原稿には含んでいませんが、第二礼拝の説教(アップロードしているもの)でだけ話したことがありました。
戦後の日本の、福音宣教が「25年周期」で区切られるのではないか、という私の分析です。(20:10〜)
1.欧米の宣教師による揺籃期(1945〜1970)
2.日本人牧師による成長期(1970〜1995)
3.オウム真理教の影響から、信徒伝道に対する啓発期(1995〜2020)
4.家庭伝道に対する再認識(2020〜)
 なんといっても一番のターニングポイントは、「地下鉄サリン事件」(1995年3月)です。
ひとつの宗教結社がこれを計画・実行したということが判明するにつれて、世間が震撼したのは、
毒ガスによる無差別テロということだけでなく、その宗教の中核が、大学や企業のエリートであったということです。
オウム事件の結果、それまで比較的、宗教に寛容であった日本人の中に、宗教に対する忌避と恐怖感を作り出しました。
 ざっくりとした俯瞰ですが、それからの四半世紀、教会はそれまでの伝道姿勢を顧みながら「信徒による伝道」を改めて目指してきました。
その中で、今回の新型コロナウイルスの世界的流行が起こりました。
会堂での集会が自粛され、家庭でのオンライン礼拝が定着し始めています。
この新型ウイルスは、確かに社会にとっても大きな脅威です。しかしそれだけで終わるものでもないと考えています。

 信徒伝道を目指してきたとはいえ、「礼拝に出席していればよい」という教会依存はいまなお健在です。
しかし礼拝を通して神が求めておられるのは、出席しているという事実ではなく、ひとり一人の心です。
求道者に対しても関心を持たず、まるで指定席のようにいつも決まった場所に座り、おざなりに一時間を過ごすなら、何のための礼拝か。
礼拝の自粛は、不幸な出来事であると同時に、「霊とまことによる礼拝」とは何かを問いかけています。
これからの25年はどうなるか、と大上段に構えて論じられるほど勉強していませんが、
教会でも家庭でも表裏がないクリスチャンの姿が、これからの宣教の鍵になるのだろうと漠然と考えています。
「25年周期」の最初の二つについては、次回以降に改めて書きたいと思います。週報はこちらです。

聖書箇所 『ルカの福音書』12章22-34節



続きを読む
posted by 近 at 22:04 | Comment(0) | TrackBack(0) | 2020年のメッセージ

2020.6.28主日礼拝説教「みことばはその日のうちに」(マルコ4:35-41)

 こんにちは、豊栄キリスト教会牧師の近 伸之です。
外出自粛やテレワークの中で経済的、精神的に疲れをおぼえておられる方々に、神様からの慰めがありますようにと祈ります。

 さて、初版が2010年と今から10年前に上梓されたものでありながら、今年とくに注目されている本があります。

以下は、出版社の紹介文からの引用です。
先生がねえ、死ねって、ぼくに言いよった……ある日突然「殺人教師」にされたーー 恐怖の実話ドキュメント!
「早く死ね、自分で死ね。」2003年、全国で初めて「教師による児童へのいじめ」と認定される体罰事件が福岡市で起きた。地元の新聞報道をきっかけに、週刊誌やワイドショーが大々的に報じ、担当教諭は「史上最悪の殺人教師」と称され、停職処分に。児童側はさらに民事裁判を起こし、舞台は法廷へ映り、正義の鉄槌が下るはずだったが、待ち受けていたのは予想だにしない展開と、驚愕の事実であった……。第六回新潮ドキュメント賞受賞。累計13万部突破、恐怖のロングセラー。
今年に入ってからブレイクしている理由は、コミカライズ(漫画化)の影響でしょうか。

コミックのほうはまだ第一巻が出たばかりのようで私は読んでいませんが、原作のほうを知人に勧められました。
牧師にとって最も大事な日とも言える土曜日にもかかわらず、約250ページを一気読み。(先週の話)
やつはとんでもないものを盗んでいきました。私の3時間です。

「予想だにしない展開と、驚愕の事実であった」が何なのかは、「でっちあげ 福田ますみ」で検索してください。
一言で言うと「えん罪」ですが、そのえん罪の過程が「えっ、こんな簡単に人を罪に定めていいの?」と驚かされます。
モンスターペアレントの恐ろしさだけでなく、体面を重んじて検証もせずに謝罪させる学校関係者。
「安易な罪の告白」がどれほどの結果を生んでいくのかを考えない教師本人(クリスチャンは良く読み取るように!)
被害児童をいい加減な所見でPTSDと判断する大学病院の医師。
地元住民の証言も取らないまま、一方的に教師を追い込んでゆくマスコミや人権派弁護士たちの思い込み・・・・
ノンフィクションですので一部を除き、登場人物は実名で掲載されています。

決して教会にとって他人事ではありません。教会で罪が明らかになったとき、聖書に基づいて「教会戒規」を行います。
しかし実際のところ、その解釈や運用は各教会にゆだねられているため、それが原因で裁判沙汰になった事例が散見されています。
私も以前、ある教会の戒規事例に関わりましたが、宗教法人法が規定する教団−教会の関係や、牧師の守秘義務について、
あまりにも牧師自身が不勉強であるということを痛感しました。
センセーショナルなタイトルですが、このような本をクリスチャンが読んでおくべきだと思います。新潮文庫です。
週報はこちらです。

聖書箇所 『マルコの福音書』4章35-41節



続きを読む
posted by 近 at 20:01 | Comment(0) | TrackBack(0) | 2020年のメッセージ

2020.6.21主日礼拝説教「貪欲に気をつけよ」(ルカ12:13-21)

 こんにちは、豊栄キリスト教会牧師の近 伸之です。
外出自粛やテレワークの中で経済的、精神的に疲れをおぼえておられる方々に、神様からの慰めがありますようにと祈ります。

 現在、当教会では主日礼拝が一日3回、さらに水曜午前に礼拝形式そのままの事前録画を行っていますので、同じ説教を4回語ります。
同じ説教と言っても、原稿はあってもアドリブ聖霊様のお導きで、語るたびに内容が変わっていきます。
今回の原稿の中に入っている「引っ越し大名(松平直矩公)」ですが、そんなわけで、以下の録画には出てきません。
語らなかった理由は、そこに向かう前に時間と体力が尽きた聖霊様のお導きですが、せっかくなので画像を挙げておきます。

1443px-Matsudaira_Naonori.jpg
 以下はウィキペディアからの引用。
 当時越前国大野藩主であった松平直基の長男として誕生。直基は出羽国山形藩、さらに播磨国姫路藩に国替を命じられるが、姫路の封地に赴く途上で死去した。直矩は慶安元年(1648年)8月17日、5歳で家督を相続したが、姫路は幕府にとって西国の抑えとなる要地であったため、幼少の直矩には不適当と判断され、翌慶安2年(1649年)6月9日に越後国村上藩に国替となる。成人後の寛文7年(1667年)8月19日、転封により姫路に復帰した。
 親族の越後高田藩(藩主松平光長とは従兄弟の関係)の御家騒動(越後騒動)に際し、出雲国広瀬藩主・松平近栄と共に一族を代表して騒動の調整を行うが、両名共に不手際を指摘され、直矩は領地を半分以下の7万石に減らされ、閉門の上で天和2年(1682年)2月7日に豊後国日田藩に国替を命じられた。
 4年後の貞享3年(1686年)7月、3万石加増の上で出羽山形藩、さらに6年後の元禄5年(1692年)7月27日には5万石加増の上で陸奥国白河藩へ移され、格式の上では従前の15万石に復帰したが、生涯で幾度も国替を重ねた結果、家中は多大な借財を負うことになり、「引越し大名」なるあだ名をつけられた。元禄8年(1695年)死去、享年54。
 相当の苦労人だったようで、新潟とも縁の深いお殿様です。地元の村上では、知名度はいまいちのようですが。
この小説(映画)ももう少し村上時代に触れていただけると、地域おこしになったのですが、残念です。
いっそのこと、転々とした自治体の首長同士で協力して「引っ越し大名を大河ドラマにする会」とか立ち上げたらよいかもしれません。

 それはさておき、牧師の場合も、頻繁に異動するよりも、一つの所に長くいたほうが好まれる傾向があるようです。
ただややもするとキリスト教会ならぬ「○○先生の教会」になってしまうこともあり、短い・長いのどちらがよいとは一概には言えません。
いずれにしても、数の要素を自己評価に含めてはならない職業です。それはまさに貪欲への誘惑となります。
授洗した数、礼拝出席者数、教会予算の規模、牧師以外の名誉職の個数、そして何よりも在職年数。
ブログのアクセス数も気にしてはいけませんし、8年継続してコメントはたった28かよ、とかにこだわるのもダメです。
ええ、全然気にしてませんとも。週報はこちらです。

聖書箇所 『ルカの福音書』12章13-21節



続きを読む
posted by 近 at 19:02 | Comment(0) | TrackBack(0) | 2020年のメッセージ

2020.6.14主日礼拝説教「人を恐れず、神を恐れよ」(ルカ12:1-12)

 こんにちは、豊栄キリスト教会牧師の近 伸之です。
外出自粛やテレワークの中で経済的、精神的に疲れをおぼえておられる方々に、神様からの慰めがありますようにと祈ります。

週報はこちらです。

聖書箇所 『ルカの福音書』12章1-12節



続きを読む
posted by 近 at 16:32 | Comment(0) | TrackBack(0) | 2020年のメッセージ

2020.6.7主日礼拝説教「日曜日は別腹」(ルカ11:37-54)

 こんにちは、豊栄キリスト教会牧師の近 伸之です。
外出自粛やテレワークの中で経済的、精神的に疲れをおぼえておられる方々に、神様からの慰めがありますようにと祈ります。

 今回の礼拝説教は、終盤にて原稿にはない、ヘンリー・H・ハーレイ『新聖書ハンドブック』の中の言葉を読み上げています。
 多くのキリスト者にとって、教会は霊的な燃料の補給所になってしまっている。
一週間で燃料を使い果たし、平日にはやらなかったことを埋め合わせるようにして行う。
神のことばを読み、思い巡らすことは、本来なら平日に時間をとってやっておかなければならないのである。
 聖書を読む習慣をないがしろにすると、霊的に枯渇した状態で教会に行くことになる。
教会をからっぽになったたましいを満たす手段と考えるなら、それは失望に終わる。
神のことばを無視することによって生じた霊的な枯渇が、教会に一時間や二時間いただけで癒されるはずがないからである。
 教会へは十分な備えをして行くこと。聖書をしっかり読んでおくこと。
そうすれば祝福を受けることができ、キリストがあがめられることになるのである。
(p.21『礼拝の行為として教会に通う』より)
 いま多くの教会で、さまざまな問題が起こっています。いな、隠れていたものが表れるようになった、ということかもしれません。
それは自戒も含めつつ、牧師の牧会力(=人間力)の衰退であると同時に、聖書(を読むこと)の軽視にも大きな原因があります。
2011年の震災復興活動、2012年からの子ども食堂の流行以降、多くの教会が地域奉仕活動に積極的になりました。
しかしその一方で、そういった活動に対するモチベーションが信仰のバロメーターのように誤解され、
信徒ひとり一人が聖書や説教によって育まれているとは言えない状況が生まれています。
 とくに福音派の教会でそれが顕著です。
かつて福音派は、日本基督教団をはじめとする主流派をリベラルと揶揄し、批判していました。
それらの教派教団では、すでに半世紀前に福音と社会的責任の関係について、まさに教団の存続をかけて戦われていました。
しかし当時の福音派はそれを証しにならないと言って冷笑していました。

 いま福音派ではかつての教会成長の勢いが停滞し、聖書回帰よりも地域や行政に喜ばれる活動に軸足が置かれています。
教会がなし得るどのような活動も、みことばに対して信仰をもって応答した結果であるはずです。
しかし多くの社会活動が聖書から吟味されずに、一方的に導入されている傾向を確かに感じます。
ただそれを声高に言えば「愛がない」と言われ、よきサマリヤ人のたとえを引き合いに批判される空気が漂っています。
そのほうが、日本の教会の中で強くなってきて怖いなあと感じる部分です。
 その意味では、このハーレイや、フォーサイスのように、今から百年以上のものでありながら、
まるで今日の霊的窒息への預言のような良書が、教派問わず、もっと読まれるべきでしょう。
とくにこのハーレイの書籍は、100年以上温められ続けている本であり、非常にわかりやすいものです。
興味のある方はどうぞご購入ください。ことば社の本にしては比較的高価ですが、一生使えます。週報はこちらです。


聖書箇所 『ルカの福音書』11章37-54節



続きを読む
posted by 近 at 22:57 | Comment(0) | TrackBack(0) | 2020年のメッセージ

2020.5.31主日礼拝説教「神が定めた恵みの日」(使徒2:1-11)

 こんにちは、豊栄キリスト教会牧師の近 伸之です。
外出自粛やテレワークの中で経済的、精神的に疲れをおぼえておられる方々に、神様からの慰めがありますようにと祈ります。

 6月に入り、多くの教会が少しずつ活動を再開しているようです。
当教会でも、いわゆる三密状態にならないように、会堂の椅子を含めて調度品のレイアウトなどを見直しております。
そんななか、キリスト教用品の通販業者「CBD」からセルフ聖餐セットのダイレクトメールが届きました。
97444_5_adv.jpg形が似ていますが、褐色の恋人「スジャータ」ではありません。紫色だから間違えることはありませんが。
97444_7_adv.jpgまず上の薄いビニールを剥がすとウェハースが入っています。これがパンですね。もちろん食べるためのものです。
97444_8_adv.jpgその後、プラスチックのフタを剥がしてぶどう液をダイレクトにいただきます。
ただウェハースをそのまま置いているこの写真は衛生的に無意味ではないかとツッコミたくなります。

当教会でも、聖餐式が当分再開できる見通しはありません。
牧師または役員が準備しているのですが、平熱や無症状であっても感染している場合もあるからです。
この聖餐セットだと、本人しか触れることはありませんので安心ですが、届くまで一ヶ月かかりますし、送料が商品価格の3割くらいかかります。
500個セットで75ドル×1.3=単価25円くらいでしょうか。消費期限は一年くらいのようです。
御教会でも検討してみたらいかがでしょうか。週報はこちらです。

聖書箇所 『使徒の働き』2章1-11節



続きを読む
posted by 近 at 21:50 | Comment(0) | TrackBack(0) | 2020年のメッセージ

2020.5.24主日礼拝説教「王と共に門をくぐれ」(詩24:1-10)

 こんにちは、豊栄キリスト教会牧師の近 伸之です。
外出自粛やテレワークの中で経済的、精神的に疲れをおぼえておられる方々に、神様からの慰めがありますようにと祈ります。

 「重要なお知らせ」のところにも記載してありますが、6月から集会活動を再開いたします。
ただし、いきなり30人規模の方々が一堂に会する礼拝を復活させることはできません。
礼拝堂の大きさは(7×8=)56u。講壇や聖卓、受付などを除いた実面積は最大限とっても30u。
隣の人と1mの距離を取るのであれば、一人あたりの密度は1.4mの2乗=約2uと計算すると、収容人数は15名。
粗い計算ですが(本当はもっと狭い)、大人子ども合わせて15名以下に抑えるために、一日3回の礼拝を行います。
じつは以前から3回の礼拝(第一8:00、第二10:30、夕拝19:30)を行っていたのですが、
第一と夕拝はそれぞれ3〜4人、第二は教会学校の後ということもあって、子ども合わせて30人くらいでした。
この6月は、一ヶ月の試行期間として、以下のように変更します。
第一礼拝 8:30〜9:30  比較的近所の教会員  10人程度
第二礼拝 10:30〜11:30  求道者と新来者含めて15人程度
教会学校+第三礼拝 13:00〜15:00 子どもたちと親御さんを中心に、15人程度
教会員については、誰がどの礼拝に参加していただくのかをあらかじめ決めて、役員会報告を郵送し、それぞれにお伝えしました。
ただご本人の希望に基づくものではないので、とくに午後の子どもたちや親御さんには負担を強いることになり、申し訳なく思います。

 それにしても、千人教会ならまだしも、この規模の人数で、入場制限を行う日が来るとは思いもしませんでした。
COVID-19に関しては、やがてワクチンや特効薬が生み出されますが、これからも次々とウイルスの亜種(パンデミック)は起こり得ます。
教会堂を含めて、「利用者が社会的距離を保てない施設には建築許可が下りない」という状況が来ることもあり得ないとは言えません。
従来、日本の教会で理想とされる会堂イメージは、4人がけの長椅子が狭い間隔で整列されている「密集陣形」でした。
「駅から○分」に確保した狭い敷地の中に建ぺい率ギリギリの教会堂、さらにその中にどれだけの人を詰め込めるか、という永遠の命題。
そうなると小さな教会の選択肢は、二階建て一択。牧師館も含めると三階建て。
牧師館をあきらめて平屋にするか。平屋と駐車場を取得するために町から離れた調整区域にするか。
しかしこの「社会的距離」という概念がこれからスタンダードになるようであれば、会堂の「新しいかたち」が生まれるのかもしれません。
いずれにしても、会堂は神にささげるものです。今回の説教で扱った、神の箱に対するイスラエルの情熱をいつか共有したいと思います。
週報はこちらです。

聖書箇所 『詩篇』24篇1-10節



続きを読む
posted by 近 at 15:06 | Comment(0) | TrackBack(0) | 2020年のメッセージ

2020.5.17「あなたはわたしに従いなさい」(ヨハネ21:18-25)

 こんにちは、豊栄キリスト教会牧師の近 伸之です。
外出自粛やテレワークの中で経済的、精神的に疲れをおぼえておられる方々に、神様からの慰めがありますようにと祈ります。

 最近、「荷下ろしうつ病」ということばを聞きました。
てっきり、配達業者のドライバーさんなどが忙しすぎてなってしまうものかと思いましたが、そうではないようです。
「コロナうつ病」が出口の見えない自粛生活の中で情報過多により心がまいってしまうものであるのに対し、
この「荷下ろしうつ病」は出口が見えたからこそ陥ってしまう、一種の燃え尽き症候群のようなものみたいです。
以下はFNNのニュースサイトの記事「緊急事態宣言解除でも安心できない…今度は「荷おろしうつ病」に注意!」からの引用です。 
 「荷おろしうつ病」になる方というのは、極端に考えやすいところがあります。頑張るときは誰よりも頑張ろうとして、自粛するときも一歩も外に出ないという気持ちで生活します。それが解除されると、張りつめていた気持ちが切れてしまって、がくっと調子をくずしてしまいます。実際の生活はそんな急に変わるわけではなく、すぐに全てのお店に行けるわけでも、急に飲み会をするわけでも、在宅勤務の人が全員オフィスワーカーに戻るわけでもないでしょう。また第2波がくるという予想もあります。自粛が解除されたからといって、いきなり以前の生活に戻るわけではないのですが、その変化を急な「崖」のように感じてしまうとどうしても耐えきれなくなってしまうのです。いきなり元の生活に戻す必要はないので、「崖」ではなくグラデーションのように、徐々に元の生活に戻せばいいんだと認識していただくことが大事なポイントだと思います。これからは、まったく「大丈夫」だと考えるのも良くない面があり、逆に大変な日々が続くと考えすぎるのもよくありません。その間のほどほどのラインで心身の健康を保っていただくというのが大切なポイントだと思います。
(談 ワーカーズクリニック銀座院長・石澤哲郎医師)
私たちの教会では、緊急事態宣言の一応の目安であった5/31(日)までオンライン礼拝の形を取っています。
しかしその次の週からすぐに30人規模での礼拝を再開するのは難しいと考えています。
近日中に役員で話し合い(三密にならないように十分に気をつけます)対応を検討しますが、
最低1メートルの距離を保つという「新しい生活様式」を守るならば、15人がキャパの限度でしょうか。
一日に数回、礼拝を行うという対応の場合、10:30以外の礼拝時間に回ってもらう方には負担を強いることになります。
あるいはオンライン礼拝を継続しながら、2〜3週間に一度、教会でのリアル礼拝に参加、ということも考えられます。
しばらくはどの教会も完全な原状回復は難しいでしょう。まさに「崖ではなくグラデーション」のように徐々に踏み出していきましょう。
新しい生活様式ならぬ「新しい信仰(教会)様式」がこれから生み出されていくのかもしれませんね。
みことばを第一とするのは当然ですが、柔軟に対応していきたいと思います。週報はこちらです。

聖書箇所 『ヨハネの福音書』21章18-25節



続きを読む
posted by 近 at 17:51 | Comment(0) | TrackBack(0) | 2020年のメッセージ

2020.5.10「あなたはすべてをご存じです」(ヨハネ21:9-17)

 こんにちは、豊栄キリスト教会牧師の近 伸之です。
外出自粛やテレワークの中で経済的、精神的に疲れをおぼえておられる方々に、神様からの慰めがありますようにと祈ります。

 5/14に、全国の多くの都道府県での緊急事態宣言が解除されました。新潟県もその中に含まれています。
ただ解除とは言え、経過観察というものですので、お知らせしていたとおり、5/31までの集会自粛は継続します。
以下は、5/15付の県知事からの県民向けメッセージ(抜粋)です。
 まず、県民の皆様には、日常のあらゆる場面において、ウイルスへの警戒を怠らず、人と人との距離の確保、マスクの着用、手洗いなどの手指衛生をはじめとした基本的な感染対策の継続など、感染拡大を予防する「新しい生活様式」の実践をお願いいたします。県をまたいだ不要不急の移動については、国内における緊急事態宣言が全て解除されるまでは、引き続き、厳に控えていただきますようお願いいたします。また、接待を伴う飲食店、カラオケ、ライブハウス、スポーツジム等、これまでにクラスターが発生しているような施設や、「三つの密」のある場所への外出は、極力慎重に判断されるようお願いいたします。なお、多人数での会食・飲み会を避けること、お茶飲みの機会での食器等の共有を避けることや、職場での共有物の消毒など接触感染の防止にも、引き続き留意してください。
この「お茶飲みの機会での食器等の共有を避けること」という独特の表現は、5/12付の新潟日報で報道された
感染相次ぐ新潟市北区 背景に近所付き合いの濃さ指摘」という記事と関連しているのではないかと思われます。
 新潟市北区で新型コロナウイルスの感染者が相次いでいる。区内で初めて確認された4月17日以降、12日までに、高齢者を中心に計14人。今月に入って感染者が確認されているのは北区だけだ。感染の背景に、都市部に比べて近所同士の付き合いやつながりが濃い地域の事情が指摘されている。市によると、12日時点の市内の感染者は62人。北区は14人で、東区(18人)、中央区(16人)に次いで多い。北区の人口は約7万3千人で中央区(約18万人)の半分以下。北区の感染者の多さが目立つ。北区の感染者14人のうち、60代以上が12人を占める。濃厚接触者のほか、近所付き合いや区内の親戚関係なども含めると9人が感染者と何らかの接点があった。
(中略)
 一方で、一部の感染者の共通点としてカラオケの利用を挙げる。農業を仕事や趣味にする高齢者も複数いたほか、農作業の休憩時間などに日常的にお茶を飲んでいたことも分かった。市保健衛生部の野島晶子部長は「農作業の合間の慣習にも感染の危険性はある。なかなかやめられないと思うが、今年は我慢してほしい」と協力を求める。こうした呼び掛けに、区内で農業を営む50代男性は「今は、自分の集落では集まってのお茶飲みはしていないが、高齢の農家の人は集まれなくて寂しいだろうね」と話す。北区役所は区内を広報車で回るなど、注意喚起に力を入れる。12日には区内の世帯に、感染状況をまとめたチラシの配布を始めた。10万人当たりの感染者数を8日時点で比較。北区は18.9人と、13の特定警戒都道府県と比べても東京都、石川県、大阪府に次いで多い実態を強調し、警鐘を鳴らしている。
 「近所づきあいの濃さ」ということであれば、まさに教会はその濃さを越えている交わりでもあると言えます。
交わりは悪ではありません。むしろ地縁血縁以上に濃いものとして聖徒に与えられた徳です。
だからこそそれが不証しにあることがないように、今は忍耐し、配慮をもって歩んでいかなければなりません。
5月一杯、それぞれが家庭にて自らの信仰をかみしめる機会といたしましょう。週報はこちらです。

聖書箇所 『ヨハネの福音書』21章9-17節



続きを読む
posted by 近 at 23:38 | Comment(0) | TrackBack(0) | 2020年のメッセージ

2020.5.3「裸で飛び込め」(ヨハネ21:1-8)

 こんにちは、豊栄キリスト教会牧師の近 伸之です。
外出自粛やテレワークの中で経済的、精神的に疲れをおぼえておられる方々に、神様からの慰めがありますようにと祈ります。

 心理学者の碓井真史先生はYahoo!ニュースのオーサーコメントに積極的に投稿されています。
最近の投稿に、「ウイルスの次にやってくるもの:日本赤十字社からの大切なメッセージ」というものがありました。
碓井先生の文章についてはリンク先で読んで頂くとして、この日赤のアニメーション動画は、伝道説教にも似たものを感じるほどの作品です。

動画のタイトルからは、コロナ収束後のことを連想するかもしれませんが、
すでに私たちの中に忍び寄っている「恐怖に支配された状況」がテーマです。
「まったき愛は恐れを締め出します」というヨハネ書簡の一節を思い出しました。
人を見るとマスクをしているかしていないかにすぐに目が行ってしまい、後者であれば批判や攻撃を始める風潮があります。
教会の自粛期間も、5/31(日)まで延長することになりました。
せめてペンテコステ礼拝は、みなで集まって記念したいと思っていましたが、ちょうど自粛期間の最終日になってしまいました。
集まることはできませんが、自宅で祈りに専心する、この期間を有効に用いていきたいと思います。
週報はこちらです。

聖書箇所 『ヨハネの福音書』21章1-8節


続きを読む
posted by 近 at 20:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | 2020年のメッセージ