聖書箇所 Uコリント1章15〜24節
15この確信をもって、私はまずあなたがたのところを訪れて、あなたがたが恵みを二度得られるようにと計画しました。16すなわち、あなたがたのところを通ってマケドニアに赴き、そしてマケドニアから再びあなたがたのところに帰り、あなたがたに送られてユダヤに行きたいと思ったのです。17このように願った私は軽率だったのでしょうか。それとも、私が計画することは人間的な計画であって、そのため私には、「はい、はい」は同時に「いいえ、いいえ」になるのでしょうか。18神の真実にかけて言いますが、あなたがたに対する私たちのことばは、「はい」であると同時に「いいえ」である、というようなものではありません。19私たち、すなわち、私とシルワノとテモテが、あなたがたの間で宣べ伝えた神の子キリスト・イエスは、「はい」と同時に「いいえ」であるような方ではありません。この方においては「はい」だけがあるのです。20神の約束はことごとく、この方において「はい」となりました。それで私たちは、この方によって「アーメン」と言い、神に栄光を帰するのです。21私たちをあなたがたと一緒にキリストのうちに堅く保ち、私たちに油を注がれた方は神です。22神はまた、私たちに証印を押し、保証として御霊を私たちの心に与えてくださいました。23私は自分のいのちにかけ、神を証人にお呼びして言います。私がまだコリントへ行かないでいるのは、あなたがたへの思いやりからです。24私たちは、あなたがたの信仰を支配しようとする者ではなく、あなたがたの喜びのために協力して働く者です。あなたがたは信仰に堅く立っているのですから。2017 新日本聖書刊行会
本日も、コリント人への第二の手紙からみことばをいただきたいと思いますが、残念ながら、何を言っているのかわからない、とため息をもらしたくなる箇所です。所々、神の子キリスト、保証である御霊、といったことも出てきますが、はいはい、いいえいいえ、はいと同時にいいえとか、わかりにくいことこのうえありません。
この第二の手紙が、教会の礼拝で連続説教されることが少ないのは、この手紙を理解するためには、そこに書いていない背景についても説明しなければならないからだと思います。じゃあなんでうちの牧師はわざわざ難しいところを取り上げているのと聞かれたら、ここにはまさに、神の教会が内側から揺れ動く姿と、必ず回復していく恵みに溢れているからです。私たちはいま、教会の会堂建設という大きな働きの正念場に来ています。会堂建設はお金集めが最大重要点ではなく、一人ひとりの確信をいかに作り上げていくかがポイントです。私たちは確信のないものに力を注ぐことはできませんが、確信が与えられれば、どのようなものでも献げることができます。しかしその確信に至るまでは、それぞれが異なる思いを丁寧にすりあわせながら進めていかなければなりません。意外とクリスチャンはこれが苦手です。自分に示されたものこそみこころなのだ、と考えやすいからです。しかしすりあわせる労力を避けるあまり、なおざりにしていると、後になってから、これは私が求めていたものとは違う、と問題が再燃することもある。何やら不安なことばかり語っていますが、これは信仰を働かせなかった場合の話です。しかし信仰を働かせていくとき、会堂建設は、会堂以上に、私たち自身をイエスに似た者へとさらに近づけさせていく、恵みをもたらします。むろんその途中、私たちはたくさんの誤解や、すれ違いに対して、丁寧に取り組んでいかなければなりません。
話が少し横道にそれましたが、今日の聖書箇所の背景にあるのも、コリント教会の中にまだくすぶっていた、パウロへの反感でした。コリントの信徒を利用して私腹を肥やしていた偽教師たちは、パウロがコリント教会を訪問すると言っていながらまだ来ないのは、パウロがいい加減な人間だからだ、と批判していました。そんないい加減な人間が語る福音や救いが本物であるという保証はどこにあるのか?と、彼ら偽教師はパウロの人格性だけではなく、その教えまでも批判・否定していたのです。しかも彼らは、自分たちの言葉をもっともらしいものにするために、イエス様の語られた言葉さえ利用していました。この箇所で繰り返されている「はい」「いいえ」は、イエス様が語られたことばの一節です。マタイ福音書にある山上の説教の中で、主はこう語られました。「あなたがたの言うことばは、『はい』は『はい』、『いいえ』は『いいえ』としなさい。それ以上のことは悪い者から出ているのです。」
偽教師は、このみことばを持ち出して、パウロを批判しました。ことばと行動が一致しないパウロは、イエスが警告した「悪い者」そのものなのだ。だからパウロが今まで語ってきたことも、口先だけの約束にすぎない。そして彼らは今までパウロが伝えてきた永遠のいのちや、聖霊による保証についても疑わせ、教会を再び混乱させていたのです。
悪魔が教会をかき回すときは、必ずみことばを使ってきます。悪魔にとってみことばは触れたら溶けるというものではなく、むしろみことばを自分の言いように使って、信者を惑わしてきます。荒野の誘惑のときも、エデンの園での誘惑のときも、悪魔は神のことばを持ち出してきました。コリント教会においても、偽教師たちはみことばを使って、教会をかき回していました。それに対してパウロはどのように答えているでしょうか。
15節と16節で、パウロは、教会の訪問を取りやめた理由は思いつきではなく、別の機会を設けて、コリント教会に何重もの恵みをもたらすためであると語っています。しかし具体的な反論はここまでです。その後、彼はひたすら言葉を尽くして、イエス・キリストが「はい」と同時に「いいえ」である方ではなく、この方には「はい」だけがある、私たちに聖霊の油を注ぎ、救われた保証としてあなたがたにも聖霊を与えられたお方、といったことについて語っていきます。パウロにはわかっていました。悪魔が偽教師を通して、みことばを利用して自分たちが神のしもべであることを疑わせようと仕向けているのであれば、彼にできること、それはコリント教会の信徒たちが、正しいみことばにとどまるように、自分のことよりも神のことを語るべきだ、ということを。
パウロは、多くの言葉を費やして、自分たちの計画の正当性を弁解することもできました。しかしたとえ誤解は残しても、自分のことを語るよりも、彼は人々がみことばを正しく解釈し、与えられたみことばの中に信頼し続けることを願ったのです。私たちが何かを伝えたり、あるいは伝えなかったことで、他人から誤解を受けることは珍しくありません。しかし教会においては、自分の語ったことや行動については、人がそれをどう考えるか、ということの前に、自分が神様に対する真実さをもってそれを語り、行ったのか、ということが重要です。それがあやふやであれば、神に悔い改め、人に謝罪します。しかし神への誠実を確信できるのであれば、仮に誤解や問題が起こっても、真実なる主にゆだねることができます。パウロとコリント教会のように、問題解決まで何年もかかるかもしれません。しかしすべてのことが神から発しているという確信に立つとき、トラブルの日々の中で最も重要なのは、早期解決よりも、そこから何を信仰の訓練として引き出すかということです。
約二十年前に豊栄に赴任してきたとき、会堂がとても広かったのを覚えています。スピーカーやミキサー、録音装置のようなオーディオ関係がまったくなかったからでした。声が大きいから音響いらないよねという声もありましたが、いつも声を張り上げていると説教者も会衆も疲れてしまいます。インターネットで調べて、スピーカーやオーディオなどについて勉強しました。スピーカー一本にしても、ミドルクラスで数万円、高級品では数十万円もします。到底買えませんが、どんなに高いスピーカーも、いやむしろ高級品だからこそ、すぐには使い物にならないそうです。高音、低音、あらゆる音域を何十時間、何百時間と鳴らし続けて、ようやく本物の音が出るようになります。これを「加齢」を意味する言葉と同じ、エイジングと言います。しっかりと時間をかけてエイジングをしたスピーカーは、何十年も同じ音を鳴らし続けることができます。それは本物になるまで時間をかけたからです。
神が私たちを訓練するときも、時間をかけます。問題に投げ込み、長い時間をかけてその意味を見いだし、益に変えます。問題が起きたとき、それを直ちに解決することに心が向いてしまい、神がこの問題をどのような計画で私に与えられたのか、忘れてしまいがちです。パウロにとって、数年間のコリント教会との軋轢は、自分が育てた教会との間に起きた、悲しい経験でした。しかしパウロは、人からいくら誤解されても、動じませんでした。それは、自分が神のみこころに従って歩んでいると確信していたからです。私たちは、何を行うにしても、「これに関して、神のことばはどう語っているか」ということをまず第一に考えるようにする訓練が必要です。それは、日々みことばを読み続けることを通して内側に作り上げられていくことを心に刻みつけながら、歩んでいきましょう。
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2023.7.16「苦しみから祝福そして祈りへ」(第二コリント1:8-14)
聖書箇所 Uコリント1章8〜14節
8兄弟たち。アジアで起こった私たちの苦難について、あなたがたに知らずにいてほしくありません。私たちは、非常に激しい、耐えられないほどの圧迫を受け、生きる望みさえ失うほどでした。9実際、私たちは死刑の宣告を受けた思いでした。それは、私たちが自分自身に頼らず、死者をよみがえらせてくださる神に頼る者となるためだったのです。10神は、それほど大きな死の危険から私たちを救い出してくださいました。これからも救い出してくださいます。私たちはこの神に希望を置いています。11あなたがたも祈りによって協力してくれれば、神は私たちを救い出してくださいます。そのようにして、多くの人たちの助けを通して私たちに与えられた恵みについて、多くの人たちが感謝をささげるようになるのです。12私たちが誇りとすること、私たちの良心が証ししていることは、私たちがこの世において、特にあなたがたに対して、神から来る純真さと誠実さをもって、肉的な知恵によらず、神の恵みによって行動してきたということです。13私たちは、あなたがたが読んで理解できること以外は何も書いていません。あなたがたは、私たちについてすでにある程度理解しているのですから、私たちの主イエスの日には、あなたがたが私たちの誇りであるように、私たちもあなたがたの誇りであることを、完全に理解してくれるものと期待しています。2017 新日本聖書刊行会
教会の牧会と並行して、刑務所で教誨師として奉仕している、ある牧師が次のような文章を書いていました。「教誨師というのは、刑務所に入っている人たちの相談に乗るのが仕事だが、時には直接、福音を伝えることもある。そして決して多くはないが、その中でイエス・キリストを信じて悔い改めた人たちもいた。しかしクリスチャンとなっても、完全に社会復帰を果たすことは難しい。また同じ罪を犯して、別の刑務所に入所しているという話を聞くことも多い。そのたびに私の心は、裏切られたような思いに襲われる。教誨師として働くことに意味があるのかと、何度も心の中で繰り返す。同じ罪を繰り返してしまう、弱い人間だからこそ、私の手を離してはいけないのだ、と思っても、心は晴れない。私は二十年以上、そんな葛藤を繰り返しながら、この奉仕を続けている」。
教誨師という仕事は、同じ牧師という職業である私でも、謎の多い奉仕です。しかしこの先生の文章を読んで、二十年以上のベテランであっても、決して慣れるということがない奉仕なのだろうということを思いました。それは、他の多くの仕事にも言えることかもしれませんが、人間が相手であるからだろうと思うのです。機械の操作や、何か製品を作るとき、ある手順に従えば、同じものができます。しかし人間はそうではありません。牧師の仕事で言えば、同じ説教を聞いているのに、ある人は心が砕かれ、ある人は心をかたくなにするということがあります。牧師を含めて、人間、とくにその心やたましいを扱う仕事においては、こうすれば必ず同じ反応がある、ということはありません。人の心は、それほどまでに繊細であり、だからこそ神が作られたかけがえのないものなのだということを痛感します。
そんな中で、私たちはパウロが語っている、「生きる望みさえ失うほどの、非常に激しい、耐えられないほどの圧迫」とは何を指しているのかと考えます。それはまるで「死刑の宣告を受けたかのような思いであった」とも述べられています。パウロは、この苦しみについて、コリント教会の人々に「あなたがたに知らずにいてほしくはない」と言っているのですが、それが具体的に何を指しているのかは、一切触れていません。ユダヤ人からの迫害なのか、難破や遭難の類いなのか、あるいは死さえ覚悟するほどの病にかかったことなのかは、謎に包まれています。しかし、想像するに、やはりパウロほどの人が死をも覚悟するほど、そしてコリント教会の人々に伝えずにはいられない、というほどの苦しみは、遭難や病気といった単純なものではなく、人々との関わりの中で生まれてくるものであったのだろう、と思います。そして、一つだけ明らかなことは、たとえその苦しみが何であろうとも、この苦しみを通して、パウロの中には、本当の意味で神により頼む者になった、という神への感謝と賛美が生まれたということです。9節にはこう書かれています。「それは、私たちが自分自身に頼らず、死者をよみがえらせてくださる神に頼る者となるためだったのです」。
パウロが経験した、激しい苦しみは、人々の関わりの中で生まれたものではあっても、それはじつはパウロが神だけに頼るように、神から発しているものでした。苦しみは一つとして無駄に終わるものはなく、自分が無力なひとりのしもべにすぎないことを悟らせ、そして無力だからこそ神にすべての希望を置く信仰へと至らせます。
旧約聖書の中にヤベツという人が出てきます。彼の母親は、「私がたいへんな生みの苦しみを味わったから」と言って、「苦しみを作り出す者」という意味の、ヤベツという名前をつけました。「苦しみ」だけならまだしも、「苦しみを作るもの」なんて、何を考えて自分の息子にこんな名前をつけたんだ、と言いたくもなります。しかし聖書は、自分の母親からトラブルメーカーと呼ばれたヤベツが、やがて変えられていく姿について記しています。彼はこう祈るのです。「どうか私を祝福し、私の地境を広げてくださいますように。御手が私と共にあり、わざわいから遠ざけて私が苦しむことのないようにしてくださいますように」。これは、単に、苦しみを避け、祝福を求めている祈りではありません。苦しみをつくる者と名付けられた彼が、苦しむことのないようにしてくださいと祈りつつ、しかし彼をその祈りに導いたのは、まぎれもなく、彼が苦しみ続けた経験そのものであったということが短い言葉の中に表されているのです。
苦しみは、私たちから何かを奪うためではなく、何かを気づかせるために、神が与えてくださるものです。そしてパウロの場合は、苦しみを通して改めて気づかされたのは、祈りの力であったと告白しています。11節にはこのようにあります。「あなたがたも祈りによって協力してくれれば、神は私たちを救い出してくださいます。そのようにして、多くの人たちの助けを通して私たちに与えられた恵みについて、多くの人たちが感謝をささげるようになるのです。」
中途半端な苦しみは、私たちを他人に依存させる、麻薬のようなものです。しかし神のみこころにかなった苦しみは、他人に頼ることさえできぬほどに人を打ちのめします。しかしそのとき、人は神に行く以外に、ほかに行くところがなくなります。ひざまずいて祈るしかできなくなります。そして苦しみを通して、祈りにしか頼れなかったパウロは、いま、かつて彼に反抗していたコリント教会の人々に対してさえ、祈ってくださいと言えるようになりました。祈りは、人間的な考え方の違いを超えて、私たちを一つとするのです。一致がなければ祈れないという声を聞いたことがありますが、むしろ真実は逆です。祈るときに一致が生まれるのです。
ある夫婦が、新築住宅を建てることになりました。家を建てる場所が、人通りの多い道路に面していたので、ハウスメーカーの担当者が、外からはできるだけ家の中が見えないようにしましょう、と提案しました。しかしその夫婦はこう言ったそうです。「いえ、できるだけ、どの部屋も外から見えるようにしてください。私たちがいつも祈っている姿を、できるだけ多くの人に見てもらいたいのです」。これは、祈るときには奥まった部屋で誰にも見られないように祈りなさいと言われたイエス様の言葉に反するものではありません。イエス様は、人前でわざと祈り、信仰的と思われたいという人間のエゴを戒められました。しかしこの夫婦は、自分たちが信仰的だというのではなく、祈りには力があるということ、祈りは家族を結びつける霊的な帯なのだということを、家の前を通る人たちに伝えたかった。このような夫婦の姿は、神も喜びとされることでしょう。私たちがだれかに祈ってくださいと求めたり、祈りの課題はありませんか、と誰かに聞くとき、そこにはあらゆる人間的なわだかまりを超えて、祈りの内に一つとなることができる幸いを味わうことができます。
人は、言葉や行動を誤解しやすいものです。コリント教会の人々も、かつてはパウロに対してそうでした。そしてその結果、パウロも、コリント教会も、数年のあいだ、苦しみました。しかしそれでもなお、やがて主が来られる、終わりの日には、すべてが明らかにされ、あらゆる傷も誤解も、再臨の主の御前で溶けていく。そのとき、私が誇りにするのは、コリント教会の人々よ、あなたがたなのだ、とパウロは語りました。だからあなたがたも、私たちを誇りとしてください、と。パウロがコリント教会を誇りとしたように、神は私たちの教会、そしてひとり一人をも誇りとしてくださっています。イエス様は、私たちを喜ばれているからこそ、いのちを私たちに与えてくださいました。その恵みをかみしめながら、歩んでいきたいと思います。
2023.7.9「慰めは忍耐から生まれる」(Uコリント1:1-7)
聖書箇所 Uコリント1章1〜7節
1神のみこころによるキリスト・イエスの使徒パウロと、兄弟テモテから、コリントにある神の教会、ならびにアカイア全土にいるすべての聖徒たちへ。2私たちの父なる神と主イエス・キリストから、恵みと平安があなたがたにありますように。3私たちの主イエス・キリストの父である神、あわれみ深い父、あらゆる慰めに満ちた神がほめたたえられますように。4神は、どのような苦しみのときにも、私たちを慰めてくださいます。それで私たちも、自分たちが神から受ける慰めによって、あらゆる苦しみの中にある人たちを慰めることができます。5私たちにキリストの苦難があふれているように、キリストによって私たちの慰めもあふれているからです。6私たちが苦しみにあうとすれば、それはあなたがたの慰めと救いのためです。私たちが慰めを受けるとすれば、それもあなたがたの慰めのためです。その慰めは、私たちが受けているのと同じ苦難に耐え抜く力を、あなたがたに与えてくれます。7私たちがあなたがたについて抱いている望みは揺るぎません。なぜなら、あなたがたが私たちと苦しみをともにしているように、慰めもともにしていることを、私たちは知っているからです。2017 新日本聖書刊行会
昔、新潟日報の新人記者が書いていたジョークですが、その方は東京生まれの東京育ち、新潟、とくに沼垂あたりはたいへん方言がきついところなので、地元の人に取材しても何を言っているかわからなくて、記事が書けないということがあったそうです。そしてある日、上司から、挨拶回りのリストを渡されたとき、どうしても読むことができない町の名前がありました。そこでおずおずと聞いたそうです。「あの〜、この町の名前、なんて読むんですか。ニイハッタ?それともシンハッタ?」。みなさんはどこの町かわかりますね。そう、新発田のことです。新発田の人を敵に回しかねないジョークですが、私の経験ではなくその新人記者の書いていたことですので。ただその記者さんが最後に書いていたのは、ニューヨークで一番栄えている町をマンハッタンというので、ニイハッタンもきっと新潟で一番栄える町になるでしょう、と。
とはいえ、この記者さんにわざわざ言われなくても、ニイハッタン、あるいは新発田は、もともと新潟で一番栄えていた町のひとつといってもいいのではないかと思います。明治期のキリスト教の中心人物のひとりで、同志社大学の創設者である新島襄は、新発田と長岡、そして新潟を結んだ三角形が、新潟宣教百年の鍵だと語ったそうです。教会がない町に教会を建てていくことも大事ですが、これから人口が増えていく町はどこかということをしっかりと調べながら、宣教の拠点を作っていくということも大事なことでしょう。パウロの伝道旅行は、一つの場所に滞在するのは長くて数週間でしたが、このコリントの町は一年半、腰を据えて宣教しました。それは当時のアジア地方の経済、文化、交通の中心地であったこのコリントの町に、福音的な教会を建て上げることで、これからのアジア宣教の拠点となるとパウロが考えたからでしょう。
このコリントの町にはユダヤ人を含めて、多くの民族が集まっており、まさに人種のるつぼと言えるほど栄えていました。しかしだからこそ誘惑も多く、このコリント教会は多くの霊的問題や、性的な罪、教会員同士の対立、といったことがたびたび起こりました。しかしパウロは、それでもこのコリントの教会も、聖霊が生きておられる、神の教会なのだと言っています。どんなに問題がある教会であっても、決して神は拒むことはありません。むしろその問題に対して、内部のクリスチャン一人ひとりがどのように誠実に向き合っていくかということを通して、神の栄光が証しされていきます。豊栄教会は、全体の6割以上が、豊栄以外に住んでいる教会員です。しかしそれは、この町に伝道してこなかったということではありません。むしろ私たちは、この町に住んでいないクリスチャンたちが、どれだけこの町の人々のために仕えることができるかということを神様から試されている、貴重な特権を与えられています。
この箇所には、苦しみという言葉と慰めという言葉が何度も、かわりばんこに出てきます。ここで「苦しみ」と訳されている言葉は、ギリシャ語では「スリプシス」と言い、人に与えられる、具体的、肉体的な圧迫を意味しています。この言葉の語源は、古代ギリシャにおいて、主人の家から逃げ出して捕らえられた奴隷が、その胸の上に重いおもしを載せられ、おしつぶされて殺されたことにあったといいます。私たちはもはやこの世界の奴隷ではありません。しかしこの世界は、私たちをキリストのしもべから、かつてのおぞましい罪の奴隷へと引き戻しましょうと、あの手この手を尽くしてきます。実際、キリスト教が生まれて300年間、クリスチャンになるのを選ぶことは、日々、この肉体的患難に出会うことを選ぶということに他なりませんでした。彼は、家族の者に捨てられ、異教徒の隣人たちに敵視され、支配者から迫害されることを覚悟しなければなりませんでした。
すでに故人となられましたが、当教会とも関わりのある、F先生という方がおられました。東京のK町で長らく牧会されましたが、それより前に、石川県のDという町に派遣されていました。ここはたいへん浄土真宗の影響が強い町で、戦国時代には一般門徒が火縄銃で織田信長と何年も戦ったような所です。しかしそのような町にも、小さな教会があり、F先生はそこに赴任したのです。しかし町の人からは無視され、中傷に悩まされ、当時の教団理事は、D町の教会はいったん閉じて、別の場所に移るべきだと助言したほどでした。明治時代の話ではない、昭和40年代、今から50年前の話です。本当のキリスト者になるということは、つねに、大きな犠牲を伴うことです。肉体においても苦しんだ証しである血がこびりついた十字架なしには、キリスト教はあり得ません。
D町に遣わされたF先生もまた、大変な迫害を受けましたが、自分からやめたいと言うことはなかったそうです。ひたすら忍耐をし続けました。それから半世紀、今はD町は合併によりK市となりましたが、D川のほとりに今も教会は立っています。それは、半世紀の間、そこで生活し続けた教会員たちが、ひたすらみことばを伝え、そして伝えているみことばが嘘にならないよう、自分自身もまたみことばによって生きてきたからです。迫害があろうとなかろうと、神から与えられている生活の中で、私たちは語ることから逃げることがないようにと願います。今から半世紀後、あるいはそれよりもずっと早く、再び信仰のゆえに迫害される時代が来るかもしれません。しかしどのような時代でも、私たちはただイエスの恵みを語り続けましょう。
私たちは、この試練にひとりで忍耐するのではありません。私たちには神の慰めがあるのです。ここには「慰め」という言葉が9回も出てきます。新約聖書における「慰め」とは、同情というよりも、力が与えられる、という意味があります。傷のなめ合いのような慰めではなく、慰められた後、それまでの自分にはなかった力が与えられる、それが聖書の慰めです。苦しみに会うとき、私たちは同時にキリストの苦しみにともにあずかっています。もしあなたが苦しみを味わうならば、それはイエス様と同じ苦しみを受けるということであり、それは苦痛ではなくて喜びでさえあるのです。苦しみに出会ったとき、私たちは「主よ、いつまでですか」と叫ぶのではなく、「私をこの苦しみにふさわしい人間と認めてくださったことを感謝します」と言うことができます。そしてクリスチャンは、そのような信仰への成長を繰り返しながら、他の人にも力を与えていく者へとされていきます。苦しみさえも用いてくださる神に心から感謝しつつ、歩んでいきましょう。
2023.7.2「生きてこそ」(ヨハネ6:52-60)
聖書箇所 ヨハネ6章52〜60節
52それで、ユダヤ人たちは、「この人は、どうやって自分の肉を、私たちに与えて食べさせることができるのか」と互いに激しい議論を始めた。53イエスは彼らに言われた。「まことに、まことに、あなたがたに言います。人の子の肉を食べ、その血を飲まなければ、あなたがたのうちに、いのちはありません。54わたしの肉を食べ、わたしの血を飲む者は、永遠のいのちを持っています。わたしは終わりの日にその人をよみがえらせます。55わたしの肉はまことの食べ物、わたしの血はまことの飲み物なのです。56わたしの肉を食べ、わたしの血を飲む者は、わたしのうちにとどまり、わたしもその人のうちにとどまります。57生ける父がわたしを遣わし、わたしが父によって生きているように、わたしを食べる者も、わたしによって生きるのです。58これは天から下って来たパンです。先祖が食べて、なお死んだようなものではありません。このパンを食べる者は永遠に生きます。」59これが、イエスがカペナウムで教えられたとき、会堂で話されたことである。60これを聞いて、弟子たちのうちの多くの者が言った。「これはひどい話だ。だれが聞いていられるだろうか。」2017 新日本聖書刊行会
今から半世紀以上前、ちょうど豊栄教会が始まったのと同じ一九七二年のことですが、「アンデスの聖餐」と呼ばれる事件がありました。アンデスとは、日本の反対側にある南アメリカ大陸にある、富士山よりもはるかに高い山々が連なる、アンデス山脈のことです。この年の10月13日、乗客・乗務員あわせて45人を載せた飛行機が、このアンデス山脈に墜落したのです。45人のうち、29名が即死を免れて、身を寄せ合いながら救助が来るのを待ちました。しかし数日後、電池の切れかけたラジオから流れてきたのは、乗客たちの生存は絶望的なので、捜索は行わない、事故現場は春になったら調査する、という警察の発表でした。標高四千メートルを超えるアンデス山脈には食べるものも飲み水もありません。生き残った29名の者たちは、一人、また一人と、栄養失調で命を落としていきました。しかし彼らは座して死を待つということは選ばなかったのです。リーダー格二人が、何と六千メートルを超えるアンデス山脈を自力で走破し、運良く羊飼いのグループと出会い、全員が助け出されました。墜落から二か月が経っていましたが、なんと29名中、16名もの人々が生き残っていたのです。マスコミはこぞってこの16名を英雄として扱いし、この出来事を「アンデスの奇跡」と呼びました。しかし冬のアンデス山脈で、二か月以上のあいだ、16名もの人々がどうして生き延びることができたかがだんだん明らかになると、「アンデスの奇跡」は皮肉をこめて「アンデスの聖餐」と呼ばれるようになります。なぜでしょうか。彼ら16名は、事故で亡くなり雪の中で凍っていた人々の死体の肉を食べて、生き延びていたのです。
「アンデスの聖餐」は、言うまでもなく、今日の聖書箇所の中で、イエスが言われた、「人の子の肉を食べ、またその血を飲まなければ、あなたがたのうちに、いのちはありません」ということばを、当時のマスコミが悪意を含みつつ、もじったものでした。現代においても、人の肉を食べ、血を飲むということは、生き延びるためとはいえ、身の毛もよだつものと思われることでしょう。ましてや、二千年前のイスラエルにおいてはなおさらです。最後の60節を見ると、この言葉を聞いた、多くの弟子たちが失望し、イエスのもとを去っていったと記してあります。イスラエル人は、旧約時代から、血のついた生肉を食べることは罪として教えられてきました。わたしの肉を食べよ、わたしの血を飲め、そうしなければあなたがたにいのちはない、それは到底受け入れられない教えであったことは想像にかたくありません。なぜイエスは、ここまで大胆に語られたのでしょうか。誤解を招く、というレベルを越えています。しかし語りました。語らなければならなかったのです。なぜか。救いというのは、人々が考えている以上に、はるかに大きな犠牲を伴って与えられるものであるということをイエスは語らなければなりませんでした。ユダヤ人たちは、動物のいけにえをささげることで罪が赦されると考えていました。異邦人は、善い行いを繰り返していけば、それが言葉の通り「罪滅ぼし」になると考えていました。しかしそんなことはあり得ないのだ、ということをイエスは言おうとされました。私たちすべての人間が抱えている罪を取り除く方法はただ一つ。「人の子の肉を食べ、その血を飲む」、それ以外にはない。あらゆる人間が嫌悪感を抱かずにはいられない、そのような言葉を用いてでも、私たちは救われなければならないのだ、ということをイエスは教えようとされたのです。
今日の聖書箇所をギリシャ語の原語で読むと、二種類の「食べる」という言葉が使い分けられています。新約聖書では通常、「食べる」という言葉はエスティオーという単語が使われます。これは新約聖書に約160回も出てくる言葉です。ところが、今日の箇所では、同じ「食べる」でも「トローゴー」という言葉が専ら使われています。このトローゴーは新約聖書の中に6回しか出てこない言葉ですが、そのうち4回がこの箇所で使われています。では同じ「食べる」でも「トローゴー」はどういう意味なのか。「むしゃむしゃ食べる」という意味です。決してきれいな食べ方ではない。「食べる」というよりは「むさぼる」とか「食らう」というニュアンスに近い。この聖書箇所で6回中4回出てくると言いましたが、残りの2回はいずれも罪人が食事をするという悪い意味で使われています。ですからここでのイエス様のことばは、「わたしの肉を喰らえ。わたしの血をすすれ。そうしなければいのちはない」と、訳したほうがよいでしょう。決してお上品な食事ではないのです。テーブルマナーを守らなければならない、きれいな食事ではなく、ゴクゴク、バリバリ、ムシャムシャ、そばの人が顔をしかめるような、そんな音が聞こえてきそうな食べ方です。しかしもしイエスを食べることが、罪からの救いであるとすれば、それは決して静かで上品な食事の席ではないでしょう。私たちは罪から救われるために、恥も外聞も気にしてはならないのです。自分のプライドを気にして生きていくならば、十字架は遠くから眺めるもので終わってしまいます。しかしイエスは十字架で私たちに呼びかけておられます。わたしに近づけ。わたしの肉を食らえ。わたしの血をすすれ。それがこの世の常識から見て、どれだけ標準からかけ離れたものであっても、わたしを食べること以外には、あなたがたは決して救われないのだ、と。救いとは、常識が入り込む隙がないほどの、重いものなのです。
説教の最初で紹介した、「アンデスの聖餐」の事件から20年後、これをもとにしたドキュメンタリー映画がアメリカで作られました。原題は「alive」、これは生きている」という意味ですが、日本での公開では「生きてこそ」というタイトルになりました。生き延びるために、仲間の死体を食らったことに対しては、何十年経っても批判がやむことはありません。しかし「生きてこそ」というタイトルには、外部の批判者たちを沈黙させる、言葉の力があるように思います。この世界は、数え切れない人間のいのちを犠牲にして、ようやく成り立っている世界です。しかしその事実にさえ気づいていない、あるいは認めようとしない、というのがそもそも私たちの罪であり、そこから救い出そうと、イエスはご自分のいのちを私たちのために差し出されました。この方を喰らう以外に、私たちが救われる道はありません。救いとは、多くの想像するようなスマートな道ではなく、むしろそのように、すさまじく無様で、それゆえにすさまじく尊いものです。私たちのためにご自分のすべてを与えてくださったイエス・キリスト。私たちは、聖餐の場で与えられたパンとぶどう酒をかみしめ、味わいながら、この方とともに、生きていくことをおぼえていきましょう。
2023.6.25「愛餐とは何だろう」(第一コリント11:17-29)
聖書箇所 第一コリント11章17〜29節
17ところで、次のことを命じるにあたって、私はあなたがたをほめるわけにはいきません。あなたがたの集まりが益にならず、かえって害になっているからです。18まず第一に、あなたがたが教会に集まる際、あなたがたの間に分裂があると聞いています。ある程度は、そういうこともあろうかと思います。19実際、あなたがたの間で本当の信者が明らかにされるためには、分派が生じるのもやむを得ません。20しかし、そういうわけで、あなたがたが一緒に集まっても、主の晩餐を食べることにはなりません。21というのも、食事のとき、それぞれが我先にと自分の食事をするので、空腹な者もいれば、酔っている者もいるという始末だからです。22あなたがたには、食べたり飲んだりする家がないのですか。それとも、神の教会を軽んじて、貧しい人たちに恥ずかしい思いをさせたいのですか。私はあなたがたにどう言うべきでしょうか。ほめるべきでしょうか。このことでは、ほめるわけにはいきません。
23私は主から受けたことを、あなたがたに伝えました。すなわち、主イエスは渡される夜、パンを取り、24感謝の祈りをささげた後それを裂き、こう言われました。「これはあなたがたのための、わたしのからだです。わたしを覚えて、これを行いなさい。」25食事の後、同じように杯を取って言われました。「この杯は、わたしの血による新しい契約です。飲むたびに、わたしを覚えて、これを行いなさい。」26ですから、あなたがたは、このパンを食べ、杯を飲むたびに、主が来られるまで主の死を告げ知らせるのです。27したがって、もし、ふさわしくない仕方でパンを食べ、主の杯を飲む者があれば、主のからだと血に対して罪を犯すことになります。28だれでも、自分自身を吟味して、そのうえでパンを食べ、杯を飲みなさい。29みからだをわきまえないで食べ、また飲む者は、自分自身に対するさばきを食べ、また飲むことになるのです。2017 新日本聖書刊行会
ある日本人観光客が、フランスへ旅行に行った時の話です。歴史の古い教会があり観光客もOKということで入ってみました。ところが入ったはいいが、たいへん困ったことになりました。運悪くお昼に食べたエスカルゴにあたったらしい。トイレを探しましたが、どこにもトイレがないのです。フランス語はできないので片言の英語で「フェア・イズ・トイレット?」と聞くと、「ノン、ノン」と言われて、急いで教会を飛び出しました。他の所でトイレを見つけて事なきを得たのですが、「教会なのにトイレがないなんて!」と怒り収まらず、ホテルに戻ってから通訳にこの話をすると、彼女も怪訝な顔をしてこう言ってきたそうです。「教会は神の家ですから、トイレがなくて当たり前です」
ただ私たちからすると、トイレがない教会というのはちょっとあり得ないですね。トイレだけではない、台所も必要、洗面所も必要、いわゆる水回りと言われるもので、教会になくてもよいのは浴室くらいでしょう。もっとも外で作業をする信徒のために、シャワールームを備えている教会もあります。神の家なのに、なぜこれだけの附帯設備を考えなければならないかというと、教会は神の家であると同時に、人が集まるところであるからです。礼拝のために集まるだけでなく、一緒に食事をし、一緒に作業をし、一緒に時間を過ごす。そういうものであるがゆえに、礼拝堂だけあればよい、ということではありません。だからこそ、教会を設計するというのはとてつもなく大変なことだと思います。聖なる部分と、俗なる部分のバランスをとって、考えなければなりません。そのバランスというのも、両者を混在させてのバランスか、完全に分離させてのバランスか、ということについても頭を悩ませるはずです。しかしこれは教会堂に限ったことではなく、最初の教会の姿そのものがそうであったことを今日の聖書箇所は教えています。
先ほど読ませていただきました、今日の聖書箇所の後半部分は、皆さんがよく知っていると思います。なぜかというと、聖餐式のたびに読み上げられるみことばであるからです。しかし、こうして前後の箇所にまで広げて聖書を読んでみると、パウロは、ここを聖餐式のために語っているわけではない、ということに気づきます。彼が語ろうとしたのは、聖餐ではなく、愛餐でした。つまり、この箇所の前半、教会の愛餐が愛餐の名に値しない、勝手気ままな食事になっていることが指摘されたあと、その流れの中で、イエス・キリストが最後の晩餐の中で、弟子たちに宣言された言葉が語られていくのです。
先ほど、教会は聖俗のバランスを考えなければならないという話をしましたが、じつは愛餐と聖餐の関係がそうでありました。現代の教会では、聖餐式と愛餐会を分けています。洗礼式に並ぶ、聖礼典の一つであるものが聖餐式、礼拝が終わった後にみんなで食事を囲むのが愛餐会、そういう理解です。しかし二千年前の教会においては、聖餐と愛餐は分けられていなかったのです。まったく同じものではないにしても、そこに流れていた精神は一つでありました。それは、聖餐も愛餐も、主の十字架の恵みをおぼえながら守るものであったこと、それぞれが教会のからだのひとつであることを意識しながら守るものであったこと、お互いがお互いを顧みながら、守るべきものであったこと。
私は今わざと「守るもの」という言葉を繰り返しました。聖餐も愛餐も、参加するものではなく、守るものです。その意識を失ってしまうと、私たちは聖餐を義務的な儀式にしてしまうし、愛餐をただのお食事と考えるようになる。礼拝は厳格に守っているクリスチャンが、健康状態や特別の理由以外で、愛餐の前には帰ってしまうという場合、愛餐を礼拝や聖餐よりも低い所に置いているということがないかどうか、私たちは自分を点検するべきでしょう。
昔聞いたたとえ話ですが、天国での宴会には、1メートルくらいの長いはししか置いていないそうです。それを使って自分の口に運ぼうとしても長すぎてうまくいかない。向かいに座っている人の口に運んであげるために、長いのだと言うのです。行ったことがないので実際はわかりませんし、手づかみで食べるのがテーブルマナーの国ではどうなのというツッコミ所はありますが、愛餐は読んで字のごとく、私たちが愛し合う姿勢が問われます。同時に、愛餐は人間同士の交わりだけでなく、常に神を意識して開かれるものでもあります。今日の招きの言葉では、イスラエルの長老たちが、神に招かれて食事をする場面が描かれていました。愛餐は人との関係、神との関係両方に関わっています。
今日の聖書箇所の最初のほうを見ると、コリントの教会では、神を恐れつつ、そしてお互いに愛し合うことを表す場としての愛餐が、完全に崩れていたようです。確かに食べ物を持ち寄って、愛餐も開いていたのですが、富んでいる者は自分たちだけで食事をして、貧しい信徒を顧みようとせず、中には酔っている者もいるほどでした。そしてそのように愛と配慮に欠けた、名前だけの愛餐を行っていた人々が、恵みとまことに満ちた聖餐を守ることができるはずもありません。ですからパウロは、名ばかりの愛餐に警告を与えた後、そのままの流れで感謝も悔い改めもない聖餐について語っているのです。
愛餐がないがしろにされる教会では、聖餐がないがしろにされます。同じように聖餐に悔い改めのない教会では、愛餐もただの騒がしいもので終わってしまいます。私たちの教会はどうでしょうか。そこに加わっている人びとが、愛餐を通して自分が教会の一部であることをかみしめることができるように、また聖餐を通して、キリストが十字架で払ってくださった犠牲の前に、全員が心を突き刺されるような教会でありたいと願います。
2023.6.18「士は己を知る者のために死す」(ヨハネ1:43-51)
聖書箇所 ヨハネ1章43〜51節
43その翌日、イエスはガリラヤに行こうとされた。そして、ピリポを見つけて、「わたしに従って来なさい」と言われた。44彼はベツサイダの人で、アンデレやペテロと同じ町の出身であった。45ピリポはナタナエルを見つけて言った。「私たちは、モーセが律法の中に書き、預言者たちも書いている方に会いました。ナザレの人で、ヨセフの子イエスです。」46ナタナエルは彼に言った。「ナザレから何か良いものが出るだろうか。」ピリポは言った。「来て、見なさい。」47イエスはナタナエルが自分の方に来るのを見て、彼について言われた。「見なさい。まさにイスラエル人です。この人には偽りがありません。」48ナタナエルはイエスに言った。「どうして私をご存じなのですか。」イエスは答えられた。「ピリポがあなたを呼ぶ前に、あなたがいちじくの木の下にいるのを見ました。」49ナタナエルは答えた。「先生、あなたは神の子です。あなたはイスラエルの王です。」50イエスは答えられた。「あなたがいちじくの木の下にいるのを見た、とわたしが言ったから信じるのですか。それよりも大きなことを、あなたは見ることになります。」51そして言われた。「まことに、まことに、あなたがたに言います。天が開けて、神の御使いたちが人の子の上を上り下りするのを、あなたがたは見ることになります。」2017 新日本聖書刊行会
おはようございます。先週の礼拝メッセージでは、創世記からヤコブのはしごについて語りました。この旧約聖書の出来事である、ヤコブのはしごが、もう一度イエス様の唇を通して語られているのが、今日の箇所です。ただ、わかりにくいことこのうえない箇所であることは間違いないでしょう。さっきまで、ナザレみたいな田舎から救い主が出るわけないと言っていたナタナエルが、「あなたがイチジクの木の下にいるのを見た」とイエス様のことばを聞いて、手のひらを返して「先生、あなたは神の子、イスラエルの王です」と豹変する意味がわかりません。あえて強引に解釈すると、ピリポがあなたを呼ぶ前に、あなたがイチジクの木の下にいるのを見たという、いわゆる千里眼にナタナエルが驚いて、態度が変わったという読み方もできますが、それくらいで人間変わるかというと、私は変わらないと思います。
では、ナタナエルに起きたこと、イエス様が語ったことばの意味、そして最後の、ヤコブのはしごがもう一度語られること、今日はそれらを一緒に味わいながら、私たちのために命を捨てて下さったイエス様と共に、私たちも生きるということを考えていきましょう。
最初に結論から言います。ナタナエルがイエス様との会話で変えられていったわけは、熟練した心臓外科医が最低限のメスさばきで、的確に病巣を取り除いていくように、イエス様の発する短い言葉一つ一つが、ナタナエルの心の中にひしめいていた痛みやもどかしさを的確にえぐり出していったからです。イエス様がナタナエルに呼びかけた言葉を並べてみましょう。
「見なさい。まさにイスラエル人です。この人には偽りがありません。」
「ピリポがあなたを呼ぶ前にあなたがいちじくの木の下にいるのを見ました。」
「いちじく」はイスラエル人にとって、ただの果物ではありません。それはぶどうの木と並んで、イスラエルを象徴する木です。ぶどうは神を喜ばせるぶどう酒となり、いちじくは人々の空腹を満たす菓子にもなれば、薬にもなりました。もしイスラエルが神のことばに従い続けるならば、あなたがたは多くの実を結ぶであろう、と神は何千年もイスラエルに語り続けていました。
しかしナタナエルにとって、彼の母国であるイスラエルは実を結ばないぶどう、いちじくにしか見えません。律法は形骸化し、人々は一千年も昔の、ダビデ・ソロモン時代の栄光を懐かしむ。ローマ帝国を敵視しながら、実際には彼らの保護の中でパンや見世物を与えられて一日を過ごしている。ナタナエルが「ナザレから何の良い物が出るだろうか」と言っているのは、聖書が救い主はベツレヘムで生まれると約束していることを彼が知っていたからでしょう。知っていただけではなく、もし本当に救い主が現れたのであれば、その方のために命を捨てる覚悟を持っていた。イスラエル人として生まれたからには、この人生を神の栄光のために使い果たしてもよいと思っていた。しかしいったいそのためには何をしたらよいのか、それを彼は長い間探しながら、しかし見つからず、もがき続けていた。それがこのナタナエルでした。
しかしイエスは、初めて出会った彼にこう言いました。「見なさい。まさにイスラエル人です。この人には偽りがありません」。イスラエルが、まことに神のぶどうの木、神のいちじくの木として実を結ぶためであれば、自分の人生を与えてもいいと願いながらも、答えを見失っていたナタナエルを、このイエスはまるで昔から知っているかのように、いや、自分の心を見透かしているかのように、言い当てて見せた。この出会いの中で、彼の人生そのものが変えられていくのです。
今日のメッセージのタイトルは、「士は己を知る者のために死す」という、いささか古くさい響きの言葉をつけました。これは、古代中国の逸話から生まれた言葉です。秦の始皇帝が中国を統一する前、春秋戦国時代と言われる、約二千五百年前の話ですが、ある国の貴族が、敵であるやはりある貴族に攻められて滅ぼされてしまいました。しかし滅ぼされた貴族の家来、予譲という人は、山を逃げ回りながら、自分のことを何よりも評価してくれていた主人のために敵討ちをすることを決意します。そのとき彼が天に対して叫んだ言葉が、「士は己を知る者のために死す」、すなわち男子たる者は、自分の真価をよくわかってくれる人のためには命をなげうっても尽くすものだという意味です。その後予譲は何度も敵討ちを計画しますが、いずれも失敗し、最後には捕まって処刑されることになりました。最後に彼はたっての願いで、自分の敵の衣服をもらい受けて、それをずたずたに切り刻んで、自殺を遂げるのです。
ナタナエルがイエスとわずかな言葉を交わしただけで変わったのは、イエスこそ、彼のことを誰よりも知っておられ、そして自分が探していた方なのだということを確信したからでしょう。おそらく「いちじくの木」というのは実際にナタナエルがそこにいたというよりも、母国イスラエルのために人生を用いたいという彼の心を言い当てた言葉だったのではないでしょうか。私たちのすべての悩み、痛みも、ナタナエルの心と同様に、イエス様はすべてを知っておられます。たとえ私たちの抱えるものが、どんなに親しい人にも打ち明けることができないほどに重いものであっても、神は知っておられます。知っておられるだけではなく、ご自分がその重い痛みを代わりに背負うと約束してくださいました。それこそがイエスの十字架であり、私たちもまた、己を知るお方であるこのイエスと共に、十字架を背負いながら歩んでいくのです。
イエス様は、ナタナエルに最後にこう語られました。
「まことに、まことに、あなたがたに言います。天が開けて、神の御使いたちが人の子の上を上り下りするのを、あなたがたは見ることになります。」
人の子とは、イエス様のことです。これまでのナタナエルは、国としてのイスラエルのために生きることが人生の目標でした。しかしいま、イエスは、ご自分こそが、神が愛したイスラエルそのものであり、止まっていたように見える神のご計画が、ご自分を通して再び動いていくことを約束されました。このキリストこそ、私たちに祝福をもたらしてくださる方です。命を奪い合う戦いが終わることのないこの世界で、私たちは与えられたいのちを、人生を、生活を、何に費やすべきなのか。その答えを持っている方がイエス様です。ヤコブに約束された祝福は、今、イエス様を通して、私たちの上に実現しているのです。
ナタナエルはこの出会い以降、イエス様の十二弟子の一人として生きていくことになりました。ナタナエルは別名バルトロマイと言いますが、いずれにしてもどっちの名前も、ほとんど聖書には出てきません。どう働き、どんな死を迎えたかわからない、影の薄い弟子です。でも、彼がイエス様のことを愛して、人生を走り抜けていったことは間違いないでしょう。私たちも、やがてこの人生を終えるとき、人々の記憶や記録には残らないかもしれません。先ほどの予譲のように、仇討ちが良いか悪いかは別として、報われない最期を迎えるかもしれません。しかしこの地上ではなく、天で私たちは本当の評価をいただきます。そして、神様は、私たちが何をしたか、よりも、このイエスから目を離さずに生きてきたかということを問われます。私たちのすべてを知っておられる、このイエスの後ろにひたすらついていきましょう。一日、一週間、そしてすべての人生の日々を、このイエスを愛し続ける者たちとして歩んでいきましょう。
2023.6.11「ここは神の家、天の門」(創28:10-22)
聖書箇所 創28章10〜22節
10ヤコブはベエル・シェバを出て、ハランへと向かった。11彼はある場所にたどり着き、そこで一夜を明かすことにした。ちょうど日が沈んだからである。彼はその場所で石を取って枕にし、その場所で横になった。12すると彼は夢を見た。見よ、一つのはしごが地に立てられていた。その上の端は天に届き、見よ、神の使いたちが、そのはしごを上り下りしていた。13そして、見よ、【主】がその上に立って、こう言われた。「わたしは、あなたの父アブラハムの神、イサクの神、【主】である。わたしは、あなたが横たわっているこの地を、あなたとあなたの子孫に与える。14あなたの子孫は地のちりのように多くなり、あなたは、西へ、東へ、北へ、南へと広がり、地のすべての部族はあなたによって、またあなたの子孫によって祝福される。15見よ。わたしはあなたとともにいて、あなたがどこへ行っても、あなたを守り、あなたをこの地に連れ帰る。わたしは、あなたに約束したことを成し遂げるまで、決してあなたを捨てない。」
16ヤコブは眠りから覚めて、言った。「まことに【主】はこの場所におられる。それなのに、私はそれを知らなかった。」17彼は恐れて言った。「この場所は、なんと恐れ多いところだろう。ここは神の家にほかならない。ここは天の門だ。」18翌朝早く、ヤコブは自分が枕にした石を取り、それを立てて石の柱とし、柱の頭に油を注いだ。19そしてその場所の名をベテルと呼んだ。その町の名は、もともとはルズであった。
20ヤコブは誓願を立てた。「神が私とともにおられて、私が行くこの旅路を守り、食べるパンと着る衣を下さり、21無事に父の家に帰らせてくださるなら、【主】は私の神となり、22石の柱として立てたこの石は神の家となります。私は、すべてあなたが私に下さる物の十分の一を必ずあなたに献げます。」2017 新日本聖書刊行会
心を入れ替えてがんばるぞというときに、心機一転という言葉を使いますが、本当の転機というのは人間が作り出すものではなく、神が与えてくださるものです。転機、英語ではターニングポイントと言いますが、クリスチャンにとって、イエス様を信じたときだけが、人生のターニングポイントではありません。信仰生活を何十年も過ぎてからのある体験を通して、信仰が新たにされるということも少なくありません。私自身、イエス様を信じて洗礼を受けたのは19歳のときでしたが、それ以降も、何度か、人生のターニングポイントを経験しました。その一つでも欠けていたら、今の私はなかったでしょう。
「ヤコブのはしご」と言われる、今日の出来事は、ヤコブにとって、信仰の転機、ターニングポイントになりました。まず10節、11節をお読みします。「ヤコブはベエル・シェバを出て、ハランへと向かった。彼はある場所にたどり着き、そこで一夜を明かすことにした。ちょうど日が沈んだからである。彼はその場所で石を取って枕にし、その場所で横になった。」
ここだけ読むと、気ままな一人旅のように聞こえますが、もちろんそんなものではありません。このとき、ヤコブは、恐れと不安のただ中にありました。彼はこの直前、兄エサウに変装して、父イサクをだまし、本来は兄が受け取るはずであった祝福を、強引に奪い取りました。しかし祝福を得たのに、彼は不安のとりことなっていました。ヤコブを殺そうとする兄エサウから逃れるために、数百キロ離れたハランへと彼は一目散に走りました。
しかしどれだけ遠くまで逃げても、ヤコブの不安は決して消えません。なぜでしょうか。ヤコブ自身気づいていませんでした。彼が本当に恐れていたのはエサウではなく、自分自身だったのです。それまでの彼は、小賢しい次男坊ではありましたが、父や母にとってはむしろ従順な人間でした。しかしこのとき、ヤコブは母から指示されたこととはいえ、兄エサウになりすまして父イサクをだまし、父がエサウに与えた神の祝福を、強引に奪い取りました。
その時、彼の心の中に生まれたのは、自分自身に対する不安ではなかったでしょうか。祝福を得るために、どこまでも汚く、残酷になった自分自身を、彼は見つけました。しかしその罪を、神さまの前に素直に認めることはできません。もし自分に過ちがあることを認めたら、せっかくもぎ取った祝福を失うことになるかもしれません。ただ彼にできることは、できるだけ早く走りぬけ、できるだけ遠くへ走り去ることだけでした。しかしどこまで逃げても、ヤコブの影はいつもヤコブのすぐ後ろについてきます。どこまで逃げても、ヤコブは自分からは逃げられません。ヤコブに限らず、人は自分自身と向き合わない限り、どこまで逃げても決して平安はないのです。
しかしその晩、彼は不思議な夢を見ました。一つのはしごが天と地上をつないでいます。その上を神の使いが上ったり下ったりしており、そして天には神ご自身が立ち、彼に祝福を約束されました。それは、あの有名なバベルの塔と正反対の出来事でした。バベルの塔は、天にも届く塔を建てようとした人間たちを神がさばかれた物語です。ヤコブの今までの人生も、あらゆる計略を用いて神の祝福をもぎ取ろうとしていたという点で、バベルの塔と同じです。しかし神は、この天地を繋ぐ階段の幻を通して教えてくださったのです。人間が自らの力によって天を目指し、祝福をもぎ取る必要はないのだ、と。
ヤコブよ、よく見よ。天から地に向けて、わたしははしごを渡す。祝福はもぎとるものではない、与えられるものなのだ、と。ヤコブが自らの手を天に伸ばし、祝福を得ようとするよりもはるかに先に、神は彼のために祝福を用意しておられました。アブラハムの神、イサクの神、と、神はヤコブが生まれるよりはるか先から存在しておられる方であり、そして彼に用意していた祝福を次のように語られました。「見よ。わたしはあなたとともにいて、あなたがどこへ行っても、あなたを守り、あなたをこの地に連れ帰る。わたしは、あなたに約束したことを成し遂げるまで、決してあなたを捨てない」。
ヤコブがやってきたことは、父や兄をだまし、家庭を分裂させるような行いでした。しかし神は、ただのひとことも、彼を責めるようなことは言われません。ただ祝福だけを語られます。それが私たちに教えていることはこうです。私たちがどんなに汚れたものであろうとも、神はこの世界が作られる前から私たちをキリストにあって選び、最後まで導いてくださっているのだ、ということなのです。
誤解を恐れずに言いますが、罪の悔い改めは、祝福を受け取る条件ではありません。条件ではなく、結果です。祝福を受け取った者は、罪を犯したまま平然と生きることはできなくなるのです。祝福は、恵みです。そして恵みとは、受け取る資格のない者に与えられるもののことを言います。もし私たちが、よく神に従っているから祝福されるとしたら、それは恵みではなく、報酬になってしまいます。罪から離れているから祝福しよう、となったら、これは恵みではなく報酬です。しかしヤコブの上に起きたことは、神の祝福とは、まさに恵み、本来それを受け取る資格があるとは思えない、汚れたヤコブの人生に神さまから一方的に与えられたものだということを教えています。
繰り返しますが、罪の悔い改めは、祝福を受ける条件ではありません。しかし祝福を受けた者は、罪の中にとどまることができません。それは、まことの神を知ったからです。まことの神を知った者は、もう知らなかった頃の自分に戻ることはできません。罪を平然と犯し続けていた自分であり続けることはできないのです。
目がさめたあと、ヤコブは言いました。「まことに【主】はこの場所におられる。それなのに、私はそれを知らなかった」。そう、ヤコブは今まで知らなかったのです。神がこの場所にいることを知らなかった。そして自分の人生のすべてにおいて、主がいつもそばにおられたことを知らなかった。このとき、ヤコブは生まれて初めて、自分自身をまっすぐに見つめることができました。そして彼は、自分が枕にしていた石を立てて、この石は神の家となる、と宣言しました。それは、どんなに小さなものも、神のために用いられるとき、それは神の家となるということです。ヤコブ自身が、どんなに小さな者であっても、神のために生きるということをここで誓いました。そして私たちもそうなのです。
ここに私たちは、豊栄キリスト教会という神の家をささげています。新会堂はまだもう少し先ですが、半世紀以上、私たちは教会という神の家に集まってきました。一人一人の信者もまた神の家でした。そしてヤコブが御霊に導かれて語った言葉は、神の家とはすなわち天の門そのものであると教えています。教会の礼拝に出席する人々、礼拝以外の集会に導かれる人々、そして私たち一人一人の、日曜日以外の家庭や社会で関わりを持つ人々、すべての人々が私たちを通して、天からの祝福を受け取ることができる門の前に立っています。その門をくぐるならば、そこには必ず救いという恵みが待ち受けています。それを私たちはすでに経験し、そしてその経験をさらに人々に伝えることで、救いは広がっていきます。私たちの人生すべてを用いて、祝福してくださっている神の御名をあがめましょう。
2023.6.4「祝福よ、もう一度」(ルツ2:17-23)
聖書箇所 ルツ2章17〜23節
17こうして、ルツは夕方まで畑で落ち穂を拾い集めた。集めたものを打つと、大麦一エパほどであった。18彼女はそれを背負って町に行き、集めたものを姑に見せた。また、先に十分に食べたうえで残しておいたものを取り出して、姑に渡した。19姑は彼女に言った。「今日、どこで落ち穂を拾い集めたのですか。どこで働いたのですか。あなたに目を留めてくださった方に祝福がありますように。」彼女は姑に、だれのところで働いてきたかを告げた。「今日、私はボアズという名の人のところで働きました。」20ナオミは嫁に言った。「生きている者にも、死んだ者にも、御恵みを惜しまない【主】が、その方を祝福されますように。」ナオミは、また言った。「その方は私たちの近親の者で、しかも、買い戻しの権利のある親類の一人です。」21モアブの女ルツは言った。「その方はまた、『私のところの刈り入れが全部終わるまで、うちの若い者たちのそばについていなさい』と言われました。」22ナオミは嫁のルツに言った。「娘よ、それは良かった。あの方のところの若い女たちと一緒に畑に出られるのですから。ほかの畑でいじめられなくてすみます。」23それで、ルツはボアズのところの若い女たちから離れないで、大麦の刈り入れと小麦の刈り入れが終わるまで落ち穂を拾い集めた。こうして、彼女は姑と暮らした。2017 新日本聖書刊行会
6月に入りました。6月は「ジューンブライド」という言葉があるように、結婚式が多く行われる時期ですが、ある少年が、テレビで「ジューンブライド」という言葉を聞いて、父親に「ねえ、お父さん、どうしてみんな6月に結婚式を挙げたがるんだろうね」と聞いたそうです。すると父親は、何をわかりきったことをという顔で、こう答えました。「そりゃおまえ、田植えが一通り終わってようやく一息つけるからにきまってんねっか」。少年は、なるほど、さすがお父さんだと思ったそうですが、そもそもジューンブライドという習慣は外国から入って来たもので、日本にはありません。ではなぜ外国では6月に結婚式が行われてきたかというと、決まった説はないそうです。
私が小学生の頃、「ウエディングベル」という歌が流行りました。歌の内容は、教会での結婚式の招待客である、一人の女性の心を歌ったものでした。新郎は彼女の元恋人であり、祝福するどころか、心の中は新郎新婦への妬みと怒りで一杯、最後に彼女は心の中でこう叫びます。「くたばっちまえ、アーメン」。今思うと、あのアーメンが、私が生まれて初めて聞いた、アーメンと言う言葉であったように思います。
喜んでいる者とともに喜び、泣いている者とともに泣く、簡単なようで、じつはそれがたいへんに難しいことだと大人になるとわかるようになります。しかし決してあきらめたり、失望することはありません。私たちの心を知っておられる神は、私たちの心の狭さを責めるのではなく、むしろ私たちの心を変えてくださるお方だからです。19節をご覧ください。1エパ、つまり二人が一ヶ月のあいだ優に暮らしていけるほどの大麦を持ち帰ってきたルツに驚いたナオミは、こう問いかけます。「今日、どこで落ち穂を拾い集めたのですか。どこで働いたのですか。あなたに目を留めてくださった方に祝福がありますように」。
「祝福がありますように!」。じつはここには、ナオミの驚くべき変化が生まれていることに気づいてください。それを明らかにするために、しばし今までの物語を振り返ってみましょう。
ナオミはベツレヘムに失意の中で戻ってきました。私の名前をナオミ、喜びではなく、マラ、苦しみと呼んでください、と言うほどに、彼女は人生に絶望して帰って来ました。全能者が私をひどい苦しみに会わせたのです、という周囲への言葉は、彼女が神をどのように見ていたかを物語っていました。そしてルツが落ち穂拾いに出かけたいと言ったときにも、ナオミはただ一言、「娘よ。行っておいで」と、それだけでした。外国人、しかも忌むべきモアブ人であるルツが、いったいどれだけのことができるか、そんなあきらめが感じられるような言葉です。しかし今、彼女は目の前の大麦の束を見ながら、「祝福がありますように」という言葉が自然と口をついて出てきました。そしてルツからボアズという名を聞いたとき、ナオミの心には、その名前のいわれの通り、喜びがさらに押し寄せてきました。ナオミは、今度はその人だけではなく、その人を通して恵みを注いでくださった、神を賛美します。20節をご覧ください。「生きている者にも、死んだ者にも、御恵みを惜しまない【主】が、その方を祝福されますように。」
それまでのナオミは、生きているが、死んだ者のようでした。そして家族三人を死へと追いやった全能者への賛美など、とても心に湧いてくることはありませんでした。しかし今、彼女は「ボアズ」という名を聞いたとき、神がすべてを導いてくださっていることを悟ったのです。ナオミの心の中には、今までの十年の歩みが、走馬燈のように思い出されてきたことでしょう。
十年前、イスラエルを大飢饉が襲ったとき、ナオミと夫エリメレクは故郷ベツレヘムを後にして、モアブへ移りました。しかしイスラエルにおいて、命よりも大切なもの、それは土地です。先祖伝来、神から与えられた相続地です。ベツレヘムを捨ててモアブへ移るということは、神が与えてくださった相続地を見捨てるということでした。それでも生きのびるためには仕方がない。彼ら夫婦はそう信じて、モアブに移り、そこで二人の子供を設けました。律法で禁じられていた、モアブ人の娘と息子たちを結婚させることにまで手を染めました。すべては、生き残るため。そして子孫を残していくため。しかし神は、ナオミから夫を奪い、二人の息子を奪い、そしてベツレヘムにあった相続地も人の手に渡った。いったいどこに、神に感謝する余地があるのか。神はどれだけ私から奪い、私を苦しめれば気が済むのか。それが、昨日までのナオミの心でした。
しかし神は、奇跡としか言えない出会いを通して、土地を買い戻すことのできる資格をもった親戚、ボアズを、このルツを通して出会わせてくださった。ナオミは思わず「どうか祝福があるように」と言わずにはいられませんでした。長い間失われていた、感謝という名のともしびが、再び彼女の心にともりました。祝福あれ!それこそ、彼女の人生の中に長い間、忘れられていた言葉でした。しかし今、彼女は祝福を叫びます。そして私たちが人を祝福できるのは、神への感謝が心に満ちるときです。それは今この時だけを感謝するのではなく、今までの人生すべてに対する感謝でした。昨日までは神が私の家族を奪ってしまったと、過去の日々を憎んでいたナオミは、いま、「生きている者にも、死んだ者にも、御恵みを惜しまない主よ」と歌います。そして彼女のの人生は、この日をきっかけに、神の目をさけて生きる生活から、むしろ神が何をしてくださるかを期待していく生活へと変えられていくのです。
私たちは、人生の一つ一つをかみしめてみると、必ずそこには神に感謝すべき、恵みの数々があることに気づきます。感謝を取り戻すとき、私たちはだれかに寄り添い、その人を祝福することができます。私たちが誰かに与える祝福は、この世で人々が欲するような金銭や安全を保証するものではありません。しかし貧困と危険の中でさえ、人は神に感謝することができるのだということを証明します。それを教会では「御国の前味」という言葉で表現し、聖餐式は、ただの伝統行事ではなく、その御国の前味を体験することなのです。毎回、聖餐式で歌っている、新聖歌46番、文語体なので、歌詞を深く点検することがなかったかもしれません。最後の4節ではこう歌っています。「面影うつししのぶ 今日だにかくもあるを 御国にて祝う日の その幸やいかにあらん」。口語体に直せば、「地上の教会で、これほどの恵みにあずかるとすれば、実際に天の御国では、いったいどれだけの恵みが待ち受けているのだろうか」ということです。その讃美歌作者の、むせび泣くような告白に対して、アーメンと共に告白したいものです。その恵みはやがて天で主にまみえたとき完全に現れますが、この地上の信仰生活の中で、私たちは断片的にその恵みを頂いている、それが御国の前味です。
イエス・キリストを信じるとき、この地上においては患難があり、迫害があります。しかし患難や迫害は私たちを滅ぼすものではありません。どんな患難や迫害の中にあっても、私たちは感謝と喜びを持ち、誰かを祝福することができる、それを証しさせるためのものです。ナオミの上に起きたこと、それは、チクチクした、桃の実の下には、とびっきりの甘い果汁がしたたっていることにたとえることができます。主イエス・キリストを私たちに与え、感謝と祝福へと私たちを変えてくださった、父なる神をほめたたえながら歩んでいきましょう。
シュガーの代表曲「ウエディング・ベル」。
バンド名の由来はメンバー全員が佐藤さんだからではなく「しおらしくない」という意味だそう。
2023.5.28「聖霊と共に、生き生きと」(使徒2:1-4)
聖書箇所 使徒2章1〜4節
1五旬節の日になって、皆が同じ場所に集まっていた。2すると天から突然、激しい風が吹いて来たような響きが起こり、彼らが座っていた家全体に響き渡った。3また、炎のような舌が分かれて現れ、一人ひとりの上にとどまった。4すると皆が聖霊に満たされ、御霊が語らせるままに、他国のいろいろなことばで話し始めた。2017 新日本聖書刊行会
今日は二千年前に聖霊が信者たちに下られた聖霊降臨日、ペンテコステと呼ばれています。その出来事について描かれている今日の聖書箇所は、まずこのように始まります。1、2節、「五旬節の日になって、皆が同じ場所に集まっていた。すると天から突然、激しい風が吹いて来たような響きが起こり、彼らが座っていた家全体に響き渡った」。
「皆が同じ場所に集まっていた」とあり、「すると」天から突然、聖霊が下ってこられたとあります。ここを読むと、皆が同じ場所に集まって祈っていたからこそ聖霊が下ってこられたと解釈しやすいのですが、聖書の強調点は「すると」ではなくて、「突然」です。つまり、弟子たちが集まり、熱心に祈っていたから聖霊が下ってきた、ということではありません。熱心に集まって祈ること自体はすばらしいことですが、それは聖霊降臨の条件ではないのです。人間の知恵を越えた「突然」という神のみこころのなかで、聖霊は人々の間に下ってこられ、教会は誕生したのです。
私たちは、熱心さを信仰のバロメータとして考えやすいものです。熱心に集まること、熱心に祈ること、熱心に伝道すること、しかし時として、その熱心さは熱心でない人を排除します。熱心でないことは信仰が足りないからだと批判します。しかしここでは、みなが同じ場所に集まり、熱心に祈っていたから聖霊が下られたと聖書は語っていません。「突然」という言葉が表しているのは、人間の思いや情熱云々にかかわらず、神はご自分の計画を実行されたということです。人が思いもかけないときに、人が想像もしていなかった方法で、神の計画は始められます。神は二千年前のこの日に、教会を生み出すことを遥か永遠の昔から定めておられました。そしてこの日、人々はいつものように集まっていました。そしてそこに聖霊が一人ひとりの上に下ったのです。
聖霊降臨は、神の国が目に見える形で地上に実現した出来事です。そしてイエス様は、弟子たちにこう語っておられました。「神の国はこのようなものです。人が地に種を蒔くと、夜昼、寝たり起きたりしているうちに種は芽を出して育ちますが、どのようにしてそうなるのか、その人は知りません」(マルコ4:26,27)。
神は常に、良い意味で、私たちの裏をかかれるお方です。みこころにかなった願いは必ずかなえられると聖書の中にありますが、そういう経験をするときも、私たちが願っているように物事が動いていくのではなく、まるで反対方向に動いているように見えて、しかし蓋を開けてみたら、願いがすべて満たされていた、ということが起こります。この聖霊降臨もそうでした。弟子たちが考えていたような、ローマ帝国がクーデターによって倒れてイスラエルが独立するといった出来事は起こりませんでした。しかしこの聖霊降臨を通して、多くの人々が神に立ち返り、やがて救われた者たちは世界中に散らされ、ローマ帝国が内側からキリストの支配へと飲み込まれていくということへと発展していきます。
二千年前に起きた聖霊降臨の出来事は、人間の計画やわざを越えた、100%神が主導権を握って起こしてくださったものでした。そして私たちは、それぞれの時代の中で、神に用いられる器なのです。しかし誤解しないでいただきたいのは、救われた者たちは、すでに聖霊を受けており、すでに神に用いられる者となっているということです。熱心ではないクリスチャンが聖霊を受けて新しく生まれ変わるということは、聖書は教えていません。新しく生まれるのは信じたときにすでに起こっています。本人がそれを意識しているか否かにかかわらず、すでに聖霊を受けて、新しく生まれ変わっています。そして日々、新しくされ続けています。
私が牧師になって二十数年来、聖霊の力を求めるクリスチャンには数え切れないくらい出会ってきました。しかし聖霊の力ではなく、聖霊そのものを求めるクリスチャンは決して多くありません。この違いがわかるでしょうか。
昭和の話になってしまいますが、当時は世のサラリーマンの給料は振込ではなく、給料袋に入れられて現金で渡されていました。当時のドラマには、給料日に屋台で一杯ひっかけて、給料袋をなくしてしまったというような話がよく出てきました。それが聖霊と何の関係があるのかという話になりますが、給料日にお父さんが家に帰ってきたとき、そこで奥さんが何というかです。「おとうさん、お帰りなさい」。これが正しい奥様の姿です。しかし順番が逆になるとこうなります。「お帰りなさい。給料袋は?」。
聖霊の力を求めるが聖霊そのものを求めないクリスチャンは、帰ってきたお父さんよりも、お父さんが持っている給料袋の方を大事にしているようなものです。しかし私たちは聖霊という言葉を聞くと、与えてくれる力の方を求めがちです。でもイエス様は聖霊を何と呼んだか。慰め主と呼びました。助け主とも呼びました。救い主であるイエスが、聖霊を慰め主、助け主と呼ばれたのです。聖霊は人格を持ったお方です。それぞれの信者と共に笑い、共に喜び、共に苦しみ、共に泣いてくださる方、たとえ目には見えず、声は聞こえなくとも、その方は私たちの心の中で共に生きてくださっています。聖霊は、何があっても決してわたしはあなたを捨てないと約束してくださったお方です。私たちが罪を犯してしまったときにはその罪を気づかせてくださいます。誰でもやっていることだろうと自分を納得させようとするとき、悔い改めへと導いてくださいます。神への悔い改めで済ませて、相手への責任から逃げ出しそうになるとき、私たちを最後まで導いてくださり、和解へと至らせてくださいます。
パウロは、性的な罪を犯し続けていたようなコリント教会の人々にさえ、次のように書きました。
「あなたがたは、自分が神の宮であり、神の御霊が自分のうちに住んでおられることを知らないのですか。もし、だれかが神の宮を壊すなら、神がその人を滅ぼされます。神の宮は聖なるものだからです。あなたがたは、その宮です」(第一コリント3:16,17)。
たとえ、どんなクリスチャンであってもです。ペンテコステの恵み、それはたとえ私たちがどんな者であったとしても、神は私たちを聖霊の宮としてくださった。そして決して離れることはない。共に歩み、共に生き、そして神のみこころにかなう民として日々新しく生まれ変わらせてくださる、その保証が二千年の前から今に至るまで変わることなく続いているのです。
ペンテコステ、私たちは聖霊と共に生きる恵みの中で昨日も今日も明日も歩んでいきます。感謝を主にささげましょう。
これぞ昭和のお父さん像。給料日になると千鳥足で帰ってくるお父さんが手から吊り下げているものの中身はいったい何なのか、誰も知らない。(植田まさし先生の「らくてんパパ」より。Amazonにリンクしています)
2023.5.21「御翼の下にすべてが備えられている」(ルツ2:1-16)
聖書箇所 ルツ2章1〜16節
1さて、ナオミには、夫エリメレクの一族に属する一人の有力な親戚がいた。その人の名はボアズであった。2モアブの女ルツはナオミに言った。「畑に行かせてください。そして、親切にしてくれる人のうしろで落ち穂を拾い集めさせてください。」ナオミは「娘よ、行っておいで」と言った。3ルツは出かけて行って、刈り入れをする人たちの後について畑で落ち穂を拾い集めた。それは、はからずもエリメレクの一族に属するボアズの畑であった。4ちょうどそのとき、ボアズがベツレヘムからやって来て、刈る人たちに言った。「【主】があなたがたとともにおられますように。」彼らは、「【主】があなたを祝福されますように」と答えた。5ボアズは、刈る人たちの世話をしている若い者に言った。「あれはだれの娘か。」6刈る人たちの世話をしている若い者は答えた。「あれは、ナオミと一緒にモアブの野から戻って来たモアブの娘です。7彼女は『刈る人たちの後について、束のところで落ち穂を拾い集めさせてください』と言いました。ここに来て、朝から今までほとんど家で休みもせず、ずっと立ち働いています。」8ボアズはルツに言った。「娘さん、よく聞きなさい。ほかの畑に落ち穂を拾いに行ってはいけません。ここから移ってもいけません。私のところの若い女たちのそばを離れず、ここにいなさい。9刈り取っている畑を見つけたら、彼女たちの後について行きなさい。私は若い者たちに、あなたの邪魔をしてはならない、と命じておきました。喉が渇いたら、水がめのところに行って、若い者たちが汲んだ水を飲みなさい。」10彼女は顔を伏せ、地面にひれ伏して彼に言った。「どうして私に親切にし、気遣ってくださるのですか。私はよそ者ですのに。」11ボアズは答えた。「あなたの夫が亡くなってから、あなたが姑にしたこと、それに自分の父母や生まれ故郷を離れて、これまで知らなかった民のところに来たことについて、私は詳しく話を聞いています。12【主】があなたのしたことに報いてくださるように。あなたがその翼の下に身を避けようとして来たイスラエルの神、【主】から、豊かな報いがあるように。」13彼女は言った。「ご主人様、私はあなたのご好意を得たいと存じます。あなたは私を慰め、このはしための心に語りかけてくださいました。私はあなたのはしための一人にも及びませんのに。」14食事の時、ボアズはルツに言った。「ここに来て、このパンを食べ、あなたのパン切れを酢に浸しなさい。」彼女が刈る人たちのそばに座ったので、彼は炒り麦を彼女に取ってやった。彼女はそれを食べ、十分食べて、余りを残しておいた。15彼女が落ち穂を拾い集めようとして立ち上がると、ボアズは若い者たちに命じた。「彼女には束の間でも落ち穂を拾い集めさせなさい。彼女にみじめな思いをさせてはならない。16それだけでなく、彼女のために束からわざと穂を抜き落として、拾い集めさせなさい。彼女を叱ってはいけない。」2017 新日本聖書刊行会
「孟母三遷」という言葉があります。孟母とは、古代中国の偉人、孟子の母親のこと、三遷とは、彼女が息子の教育のために三回転居したことを表します。孟子が子供の頃、最初に住んでいた家は墓場の隣でした。すると孟子は葬式ごっこばかりするようになりました。これではいけないと母は、市場のそばに引っ越しますが、今度は商売人の真似ばかりするようになりました。ここもよくないと母は考え、三度目に学校のそばに引っ越しました。すると孟子は教師の礼儀作法を真似るようになり、母はそこに住居を定めたという話です。簡単にまとめれば、子供の教育には環境を選ぶことが大事ということでしょうか。とはいえ、環境が悪くても、りっぱな大人になる人もたくさんいますので、絶対というわけではありません。
家族のために何度も引っ越した母親と違い、ナオミがベツレヘムに戻ってきたのはルツのためではなく自分のためでした。どうせ死ぬのなら異国モアブではなく、故郷で死にたいというものだったでしょう。とはいえ、ベツレヘムの所有地はとっくに別人の手に渡り、それを買い戻すためのお金もありません。住む家ですら、おそらく雨露をしのげるだけのあばらやであったことでしょう。財産もない、頼りになる人もいない、あるものといえば自分についてきたモアブ人のルツだけ。しかし彼女の知らないところで、神はすでにあらゆるものをナオミに用意してくださっていたのです。1節をご覧ください。「さて、ナオミには、夫エリメレクの一族に属する一人の有力な親戚がいた。その人の名はボアズであった。」ナオミとボアズの関係は、それぞれの噂は聞いているが、頼ったり助けたりには至らない程度のものでした。しかし神は、このボアズを、ナオミを助ける存在として準備してくださっていたのです。そして両者を結びつける絆として、神が備えていたのが、このモアブ人、ルツであったのです。
ナオミにとって、ルツは純粋で真面目な嫁でしたが、モアブ人という彼女の出自は、ルツの良い面をすべて台無しにしてしまうほどの欠点でした。モアブは、ユダヤ人にとっては祖先アブラハムの甥であるロトの子孫にあたる、いわば親戚にあたる民族ですが、モアブは、ロトの娘たちが父に酒を飲ませて意識を失わせた中で、父と娘が交わって子供を残すという、おぞましい事件の中で生み出された民族です。ルツがどんなに勤勉で優しい女性でも、モアブ人に対する偏見は容易に消えるものではありません。ましてや、ベツレヘムの相続地を一度捨ててモアブへ逃げていったナオミに対しては、故郷の人々も厳しい目を向けていたことでしょう。しかしたとえ人の目はどうであったとしても、神は決してナオミを見捨てることはありませんでした。私たちにナオミやルツを当てはめてみると、たとえ自分や家族に対して、非力で何もできない、と失望することがあっても、神はあらゆるものを用意してくださっているのです。
ルツは、ナオミのために行動を始めました。モアブ人であり、貧しいやもめである彼女にとって、何も頼りにできるものはありません。しかし彼女は、ナオミのために落ち穂拾いへと向かっていきました。彼女は、自分を助けてくれる人のあてがあったわけではありません。しかしルツは、ナオミとの数年間の共同生活を通して、人脈ではなく信仰をもって立ち上がることを学んでいました。当のナオミが、度重なる家族の死という悲劇の中で、信仰を失いかけてしまっているとき、ルツが逆にナオミを支える者として用いられていくのです。それはすべてを備えてくださる、神のなせるわざです。聖書は、3節で「はからずも」、4節で「ちょうどその時」、という言葉を通して、ルツとボアズの出会いが人の考えを越えた、神のご計画であったことを示しています。
そして私たちキリスト者にとって、ボアズはイエス様を指し示し、ルツの姿は私たち自身の姿です。ルツはモアブ人という、神から最も遠い者でした。彼女には何も要求する権利はなく、ただ人々が取り落としていった落ち穂を拾うことしかできませんでした。しかしボアズがルツに目をとめて、そしてあらゆる配慮と優しい言葉を尽くして、彼女を守ろうとしたこと、これはまさに私たちの救いのひな型とも言うべきものです。私たちは何をしたから救われたのでしょうか。何か誇るべきものを持っていたから救われることができたのでしょうか。まったく何もありません。ただ恵みです。その恵みの中で、私たちはルツのように愛するナオミのために生きることができ、また自分自身も祝福を受けるのです。
ルツは、ただ神の恵みの中で、ボアズの所有する畑へと導かれました。ルツはボアズを通して語られた優しい呼びかけを聞き、ボアズが取り分けてくれた炒り麦を食べながら、ボアズの細やかな気配りに圧倒されました。そして自分がモアブの女性であり、貧しいやもめであり、夫と死別した悲しみなどが、ボアズの優しさの中で溶けてゆく思いをしたことでしょう。もし私たちが、イエス・キリストによって救われた恵みをいつもおぼえていたいと願うならば、イエスのまなざしから自分も目をそらさないことです。ある人はイエスを見るよりも、自分自身を鏡で見つめることに、あまりにも多くの時間を費やしています。イエスの完全さに身をゆだねることよりも、己の不完全さばかりを見つめて悩んでいます。主の完全さ、豊かさを味わうことよりも、自分の預金残高を見つめています。自分の必要を満たすために四方八方動き回りますが、あらゆる必要を満たしてくださる神を礼拝することをなおざりにしています。
ボアズは12節でルツに優しくこう語りかけています。「【主】があなたのしたことに報いてくださるように。あなたがその翼の下に身を避けようとして来たイスラエルの神、【主】から、豊かな報いがあるように。」私たちもまた、神の御翼のかげに身を横たえるひな鳥のように、静かに、しかしイエス・キリストとそのみことばに留まり続ける信仰を持ち続けたいと願います。自分ばかりを見るものはため息をつき、他人ばかりを見るものは押しつぶされます。しかしキリストだけを見るものは心に喜びがあります。どんな生活の中にあっても、決して取り去られることのない永遠のいのちが、私たちには与えられています。心から感謝をささげながら、これからの一週間を歩んでいきましょう。